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なぜ、風呂桶だったのか。フロンターレを支えてくれた全ての人の象徴。生み出し続けていきたい、「温かさ」という価値を

カテゴリ:Jリーグ

手嶋真彦

2022年11月19日

いつまでも風呂桶を掲げるクラブであり続けたい

天野の思い出の地、四谷若葉。若葉湯跡地にはマンションが建っている。

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 人と人との繋がりが希薄になってきた、そんな時代だからこそ、地域に密着するプロスポーツクラブも、町中の銭湯も必要とされているのではないか。銭湯利用促進に力を注いできたのは、銭湯を中心とする温かい文化を天野が深く愛しているからでもある。

 スーパー銭湯アイドル「純烈」のリーダー酒井一圭と、天野はすぐに意気投合した。酒井は支えてくれた人たちへの感謝の気持ちや、上手くいかない人たちに手を差し伸べようとする意識が強い人だと天野は思っている。

 そんな酒井と出会わせてくれたのも、もしかすると銭湯なのかもしれない。同じ四谷若葉で育ち、若葉湯で一緒に遊んでいた幼稚園から中学校までの同級生が、何の前触れもなく中学卒業以来となる連絡をよこし、「アマちゃん(天野)と気が合いそうだから」と、酒井を紹介してくれたのだ。

 ――――◇――――◇――――◇――――

 2022年9月10日。川崎フロンターレがホームでサンフレッチェ広島を破った試合の後、天野はある光景を目撃している。

 たぶん親子連れだろう。ユニホーム姿のお父さんが、タオルマフラーを巻いた子どもを肩車しながら、家路についていた。少年はニコニコ笑いながら、お父さんと嬉しそうに何かを話している。

 肩車されている目線の高さであったり、そこから見える景色であったり、スタジアムから聞こえてくる音楽であったり、自分を支えてくれているお父さんの両手の温もりであったり、そんな全てが温かい思い出となって少年の記憶に残るだろうか。

 残ってほしい。こんなシーンに出会えるのが、フロンターレで仕事をしていて、もっとも嬉しい瞬間だ。
 
 ふと、少年時代の記憶が甦る。天野の温かい思い出は、父親と一緒に銭湯に入り、湯上がりに買ってもらった、いちご牛乳の甘酸っぱい味。若葉湯での思い出だ。

 天野は今でも、少年時代を過ごした四谷若葉をぶらりと訪れる。大人になってからも、若葉湯での温かい思い出が、天野を支えてきたからだ。最後に若葉湯の湯につかったのは、初めて自分の息子を一緒に連れていった2017年の春だった。残念ながら2年後の2019年に訪れた時、若葉湯は跡形もなくなり、跡地にはマンションが建っていた。

 2022年11月5日。川崎フロンターレは逆転優勝の可能性を残し、J1の最終節に臨んでいた。結局、天に掲げられることはなかったが、今回も風呂桶が用意されていた。

 天野は思う。

 フロンターレがビッグクラブと呼ばれるようなクラブになったとしても、いつまでも風呂桶を天に掲げるクラブであり続けてほしい。

 温かい思い出は、人の支えになる。その価値を生み出せるのは、地域に密着するプロスポーツクラブや、町中の銭湯だけではない。いろんな形の幸せな思い出が、多くの人を支えている世の中へ、自分は川崎フロンターレの活動を通して、温かさという価値を生み出し続けていきたいと。(文中敬称略)

取材・文●手嶋真彦(スポーツライター)

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