サッカーを愛し続けた人だった
プレーヤー中村憲剛の残り2か月のパフォーマンスは大いに期待したい。もっともその後のビジョンも気になるところだ。話を振れば、クラブと少しずつだが、話もしているという。
「チームとは多少は話していますが、これと言った話はまだできていなくて、フロンターレから離れる気はないですし、かといってフロンターレだけをやる考えもないです。フレキシブルに動けるようにクラブにお願いをしようかなと。そういう話は多少していますし、自分の知らない世界を経験しなくてはいけないところもあると思うので、決めすぎずに自分のやるべきことを探したいです」
今年には、新型コロナウイルスの影響でポッカリ空いた日程を活用してC級ライセンスの講習を受けた。では、指導者も選択肢のひとつになるのか。
「漠然とその考えは持っていますし、それは自分がここからどういう道を進むかに関わってくると思います。ただ監督は大変そうだなと。オニさんを見ていて感じております(笑)。ただ絶対にやったほうが良いと、オニさんからアドバイスをもらっているので興味はあります」
「チームとは多少は話していますが、これと言った話はまだできていなくて、フロンターレから離れる気はないですし、かといってフロンターレだけをやる考えもないです。フレキシブルに動けるようにクラブにお願いをしようかなと。そういう話は多少していますし、自分の知らない世界を経験しなくてはいけないところもあると思うので、決めすぎずに自分のやるべきことを探したいです」
今年には、新型コロナウイルスの影響でポッカリ空いた日程を活用してC級ライセンスの講習を受けた。では、指導者も選択肢のひとつになるのか。
「漠然とその考えは持っていますし、それは自分がここからどういう道を進むかに関わってくると思います。ただ監督は大変そうだなと。オニさんを見ていて感じております(笑)。ただ絶対にやったほうが良いと、オニさんからアドバイスをもらっているので興味はあります」
“中村憲剛=フロンターレ”との言葉が当てはまるほど、稀有な存在である。だからこそ、その経験値が、クラブ、そして日本サッカー界にどう還元されるかは興味深い。
「フロンターレは地域密着を掲げていて、市民の皆さんと色んなイベントに出させてもらったり、本当にともに大きくなっていったと思います。やっぱり勝った負けただと、多分お客さんは離れやすいのかなと。浮き沈みが激しくなると思いますが、しっかり地に足を付けて一緒にという意識を持ち続けることで、大きくなるものかなと。一緒に走りながら間近で見てきたので、それが一番の財産になりました。ベクトルをどれだけ合わせられるか、あとは熱意がどれだけあるかということですね」
以前のインタビューではこうも話していた。
「僕もフロンターレで様々な着ぐるみを着ました(笑)。こういう発想になったのはフロンターレに所属したからこそで、僕も他のクラブでプレーしていたら『サッカー選手ってピッチの上で勝負するものでしょ』と考えていたかもしれない。でもそれも大事だけど、川崎にあるプロクラブが川崎の人を笑顔にできなくてどうするんだと、誰が一番スタジアムに来てくれるかといえば、川崎の人たちなわけで、やっぱりそこは一番大事にしたいという想いは常に抱えています」
魅せて勝つ。サポーターと手を取り合い前に進む。クラブのアイデンティの中心には、練習生を経て入団し感謝の想いを持ち続けた背番号14の姿がいつもあった。その考え、姿勢、魂は継承されるべきであり、彼のラストダンスを通して改めて後輩たちの胸に色濃く残るはずだ。
またメディアへの対応も秀逸だったことも付記したい。常に気さくで、「今日は何時間でも話しますよ」「なんでもやりますよ」とこちらの無理難題にも嫌な顔をせずに応えてくれる、誰からも慕われる存在であった。
そして“言語化能力”が非常に高く、名言も多く残している。「サッカー選手には言語化能力が必要」と自らのビジョンを分かりやすく説明し、現役選手でありながら、優れた解説者としても人気を博した。特にサッカーの話となれば次から次へと言葉が溢れ出し、いつも予定のインタビュー時間を越えてもメッセージを送り続けてくれた。それほど、サッカーを愛し、その将来を真剣に考え、誰よりも発展を目指す尊敬されるべき人物であった。
「フロンターレは地域密着を掲げていて、市民の皆さんと色んなイベントに出させてもらったり、本当にともに大きくなっていったと思います。やっぱり勝った負けただと、多分お客さんは離れやすいのかなと。浮き沈みが激しくなると思いますが、しっかり地に足を付けて一緒にという意識を持ち続けることで、大きくなるものかなと。一緒に走りながら間近で見てきたので、それが一番の財産になりました。ベクトルをどれだけ合わせられるか、あとは熱意がどれだけあるかということですね」
以前のインタビューではこうも話していた。
「僕もフロンターレで様々な着ぐるみを着ました(笑)。こういう発想になったのはフロンターレに所属したからこそで、僕も他のクラブでプレーしていたら『サッカー選手ってピッチの上で勝負するものでしょ』と考えていたかもしれない。でもそれも大事だけど、川崎にあるプロクラブが川崎の人を笑顔にできなくてどうするんだと、誰が一番スタジアムに来てくれるかといえば、川崎の人たちなわけで、やっぱりそこは一番大事にしたいという想いは常に抱えています」
魅せて勝つ。サポーターと手を取り合い前に進む。クラブのアイデンティの中心には、練習生を経て入団し感謝の想いを持ち続けた背番号14の姿がいつもあった。その考え、姿勢、魂は継承されるべきであり、彼のラストダンスを通して改めて後輩たちの胸に色濃く残るはずだ。
またメディアへの対応も秀逸だったことも付記したい。常に気さくで、「今日は何時間でも話しますよ」「なんでもやりますよ」とこちらの無理難題にも嫌な顔をせずに応えてくれる、誰からも慕われる存在であった。
そして“言語化能力”が非常に高く、名言も多く残している。「サッカー選手には言語化能力が必要」と自らのビジョンを分かりやすく説明し、現役選手でありながら、優れた解説者としても人気を博した。特にサッカーの話となれば次から次へと言葉が溢れ出し、いつも予定のインタビュー時間を越えてもメッセージを送り続けてくれた。それほど、サッカーを愛し、その将来を真剣に考え、誰よりも発展を目指す尊敬されるべき人物であった。