引退発表で「正直ほっとしている」
川崎フロンターレは11月1日、オンライン上で会見を開き、登壇した中村憲剛が今シーズン限りでの引退を発表した。
「みなさん、日曜の午後3時という忙しい時間というか、家族で一緒にいる時間があるなかで、僕個人の話をさせて頂き誠に恐縮しています。私中村憲剛は、今シーズン限りで川崎フロンターレを引退します」
こう引退の挨拶を行なった中村。その後、川崎のクラブ特命大使の中西哲夫氏による質疑応答が行なわれた。
――現役引退を発表した感想は?
「正直ほっとしているというか、いつかはこの言葉を言う日がくるんだろうなとずっと思っていました。それをいろんな人に事前に伝えて、チームメイトには今日伝えて、みなさんにこういう形で話が出来たので、自分のなかで溜めていたものがあったので、ほっとしているというか、スッキリしているというか、今はそういう気持ちです」
「みなさん、日曜の午後3時という忙しい時間というか、家族で一緒にいる時間があるなかで、僕個人の話をさせて頂き誠に恐縮しています。私中村憲剛は、今シーズン限りで川崎フロンターレを引退します」
こう引退の挨拶を行なった中村。その後、川崎のクラブ特命大使の中西哲夫氏による質疑応答が行なわれた。
――現役引退を発表した感想は?
「正直ほっとしているというか、いつかはこの言葉を言う日がくるんだろうなとずっと思っていました。それをいろんな人に事前に伝えて、チームメイトには今日伝えて、みなさんにこういう形で話が出来たので、自分のなかで溜めていたものがあったので、ほっとしているというか、スッキリしているというか、今はそういう気持ちです」
――今年引退するというのはいつ決めたのか?
「最終的に判断したのは35を過ぎた時。元々30歳を過ぎた時に選手としての終わり方、引退をどうするのかというのは漠然と、誰しもが考えることだと思いますが、僕もそのうちの一人でした。
30歳過ぎた時に一回35まで頑張ろうと思っていて、35の時はちょうど風間さんが2012年に来て、自分自身のサッカー観も変わりましたし、チームも右肩上がりというか、みんな伸びながら、僕自身も伸びながらだったので、35で辞めるという発想は33、34くらいの時に無くて。
35の誕生日を迎えた時に妻と次は40までと。一般的に言えば40歳までJリーグでやっている選手はほとんどいませんし、本当に一握りなんで、僕自身がどうなるか分かりませんでしたし、まだそこの40というところで区切りをつける、その残り5年を目の前の1年1年を勝負に頑張ろうとここまでやってきました。
35の時に決めてから36でMVPを頂いて、37で初優勝して、その次の年は連覇して、去年はルヴァンカップ。本当になんだろう、終わりが決まったからこそというか、それまでの苦労がウソのように、タイトルが、個人もそうですけど、手に入って。
自分のなかで40で終わるという終着点が見えてきたところで、ルヴァンカップの後に誕生日が来て、1年前の昨日ですね。その次の最初の試合で前十字を切ったんで、自分のなかでリミットを決めていた段階で前十字を切ったんで、これは何としても復帰して、復帰した姿をプレーを皆さんに見せて引退するんだと。
39という年齢で前十字を切って、そこから戻るという今までの前例がないものに対して、元々モチベーションも高かったんですけど、自分のなかでは今シーズンで終わるというのを決めていたので、1日でも早く戻りたいという気持ちが、この厳しいリハビリを耐えるというか、みんなの前で、等々力でプレーするという気持ちがより強くなって、戻ってきて、鬼さんと話しながら、徐々に試合に出場する時間も増えてきて、昨日誕生日の試合で自分で点を取って勝つという。自分でも言葉にならないような、そういうパワーが。
それは、ここで自分が引退するんだという強い気持ちがあったからこそ、ここまでの5年間は強いものを引き寄せられたと思いますし、それは自分だけでなく、周りのチームメイトもそうですし、スタッフもそうですし、本当に多くの人のサポートがあってこそなんですけど。
そういう意味ではいろんなものが今シーズンの終わりに向けて集約されていっているという自分のなかではイメージがあります」
「最終的に判断したのは35を過ぎた時。元々30歳を過ぎた時に選手としての終わり方、引退をどうするのかというのは漠然と、誰しもが考えることだと思いますが、僕もそのうちの一人でした。
30歳過ぎた時に一回35まで頑張ろうと思っていて、35の時はちょうど風間さんが2012年に来て、自分自身のサッカー観も変わりましたし、チームも右肩上がりというか、みんな伸びながら、僕自身も伸びながらだったので、35で辞めるという発想は33、34くらいの時に無くて。
35の誕生日を迎えた時に妻と次は40までと。一般的に言えば40歳までJリーグでやっている選手はほとんどいませんし、本当に一握りなんで、僕自身がどうなるか分かりませんでしたし、まだそこの40というところで区切りをつける、その残り5年を目の前の1年1年を勝負に頑張ろうとここまでやってきました。
35の時に決めてから36でMVPを頂いて、37で初優勝して、その次の年は連覇して、去年はルヴァンカップ。本当になんだろう、終わりが決まったからこそというか、それまでの苦労がウソのように、タイトルが、個人もそうですけど、手に入って。
自分のなかで40で終わるという終着点が見えてきたところで、ルヴァンカップの後に誕生日が来て、1年前の昨日ですね。その次の最初の試合で前十字を切ったんで、自分のなかでリミットを決めていた段階で前十字を切ったんで、これは何としても復帰して、復帰した姿をプレーを皆さんに見せて引退するんだと。
39という年齢で前十字を切って、そこから戻るという今までの前例がないものに対して、元々モチベーションも高かったんですけど、自分のなかでは今シーズンで終わるというのを決めていたので、1日でも早く戻りたいという気持ちが、この厳しいリハビリを耐えるというか、みんなの前で、等々力でプレーするという気持ちがより強くなって、戻ってきて、鬼さんと話しながら、徐々に試合に出場する時間も増えてきて、昨日誕生日の試合で自分で点を取って勝つという。自分でも言葉にならないような、そういうパワーが。
それは、ここで自分が引退するんだという強い気持ちがあったからこそ、ここまでの5年間は強いものを引き寄せられたと思いますし、それは自分だけでなく、周りのチームメイトもそうですし、スタッフもそうですし、本当に多くの人のサポートがあってこそなんですけど。
そういう意味ではいろんなものが今シーズンの終わりに向けて集約されていっているという自分のなかではイメージがあります」