肉屋で働きながらフットボールを続ける。

下部リーグでの活躍が認められたノリート(左)は、08年夏に憧れのバルサに入団。しかし、Bチームでいくら結果を残しても、トップチームでチャンスは巡ってこなかった。(C)Rafa HUERTA

2011年にはベンフィカ移籍を決意。とはいえ、1年目こそ15ゴールを挙げる活躍を見せたが、2年目は出場機会が激減し、冬にグラナダへ新天地を求めた。(C)Rafa HUERTA
時を前後して、地元の小さなクラブのアレビン(11~12歳のチーム)に入団する。すぐにチームで頭角を現わしたが、10代半ばで学校を辞めたノリートに、祖父は周りの誘惑に負けて道を踏み外さないよう肉屋で働くことを厳命した。こうしてノリートは練習と仕事を両立させながら、フットボールの実力と人間性を磨いていった。
16歳の時に、次なる試練を課したのも、やはり祖父だった。故郷を離れて、よりレベルの高い環境でプレーするよう勧めたのだ。行き先はバレンシア。Bチームに入団したノリートは数か月で戦力外となり失意を味わったものの、10代半ばで家族と離れて生活した経験は彼を一回りも二回りも成長させた。
一躍注目されることになったのが、19歳の時に入団したエシハ(2部B=実質3部)での1年目のシーズンだった。コパ・デル・レイの試合で、天下のレアル・マドリーを相手にゴールを決めたのだ。その活躍は『マルカ』紙でも大きく取り上げられた。
2年目の07-08シーズンには、チームの2部昇格プレーオフ進出に貢献。そこでのパフォーマンスがバルサの関係者の目に留まり、2008年夏にBチーム登録ながら憧れのクラブへの入団を果たした。
この新天地では、本人がフットボールの恩師と語る人物と出会う。同じタイミングでバルサBの監督に就任したルイス・エンリケだ。同じ直情型のふたりはウマが合ったのだろう。それはノリートの言葉からもうかがえる。
「ルイス・エンリケの言葉はつねに直球だった。『お前はフットボールで食っていけるだけの才能がある。もっと自分を信じろ』ってな具合にね。自信を持てって、何十回、いや何百回も言われたよ(笑)」
入団から3か月後には早くもトップチームの試合に招集されるなど、バルサで順調な歩みを見せていたノリート。そんな彼に悲しい出来事が降りかかったのは、その年の暮れだった。人生の師であり、愛してやまない祖父が他界したのだ。それでもノリートは悲しみをこらえながら、一心不乱にフットボールに打ち込んだ。
当時のバルサBには、チアゴ・アルカンタラ(現バイエルン)を筆頭に逸材が揃っていた。そんな中にあってもノリートは、みずからの存在をアピール。ストリート仕込みの即興的なプレーは、洗練されたバルサ・スタイルのなかで良いアクセントとなり、前線のかき回し役として主力級の働きを続けた。
しかし、いくらBチームで活躍してもクラブ内での評価はいまひとつで、トップチームへの正式昇格は叶わなかった。このままバルサにいては浮き上がれないと考えたノリートは、入団から3年が経過した2011年夏に移籍を決意する。新天地に選んだのはポルトガルのベンフィカだった。
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