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「ネイマール・フェノーメノ」は「ロナウド・フェノーメノ」のようにセレソンを世界制覇に導けるか?

カテゴリ:PR

沢田啓明

2017年12月23日

ボールを持って走りはじめたら誰にも止められなかった。

ロナウド(右)とネイマール(左)はブラジルが誇る新旧のフェノーメノだ。写真:Getty Images

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 爆発的なスピード、圧倒的なパワー、トリッキーなテクニックで並みいるDFを蹴散らしながらゴールへ突き進み、強烈なシュートを叩き込んで咆哮を上げる――。
 
 全盛期のロナウドがボールを持って走りはじめたら、もはや誰にも止められなかった。付いたニックネームが、「フェノーメノ」(怪物、超常現象の意)。祖国ブラジルでは、今でも名前で呼ぶのではなく、常に「ロナウド・フェノーメノ」と称される。
 
 ロナウドはリオデジャネイロの貧しい地区の出身。地元の名門フラメンゴの熱烈なファンで、エースのジーコに憧れた。12歳のとき、フラメンゴの下部組織の入団テストを受けて合格。「天にも昇る気持ち」(本人)になったが、すぐにそれは失望に変わる。家が貧しく、練習場へ通うための1日200円ほどの交通費が払えなかったのだ。クラブに援助を願い出たが、「君だけ特別扱いはできない」と断わられて涙を流した。
 
 やむなく自宅からほど近い小クラブで練習をはじめ、たちまち頭角を現わして、16歳で強豪クルゼイロへ入団。すぐにゴールを量産して注目を集め、17歳でPSVアイントホーフェンへ移籍。その後、バルセロナ、インテル、レアル・マドリーといった欧州メガクラブの主力として活躍し、1996年、97年、2002年と3回に渡り年間世界最優秀選手に選ばれた。
 
 ワールドカップ(W杯)では、1994年アメリカ大会に17歳にしてメンバー入り。ピッチに立つ機会はなかったが、優勝メンバーの一員となった。1998年フランス大会では絶対的エースに君臨し、準決勝までに4ゴール。ところが、決勝戦当日の朝、原因不明のひきつけを起こして病院へ担ぎ込まれる。試合直前にスタジアムへ到着して強行出場したが、ピッチを夢遊病者のように彷徨うだけ。エースが精彩を欠いたブラジルは地元フランスに0-3で完敗し、大会連覇を逃した。
 
 その後、2000年に右膝靭帯を断裂して長期のリハビリを余儀なくされたが、1年半後にカムバック。一時は出場が危ぶまれた2002年日韓大会で8得点の大活躍を演じ、優勝の立役者となった。2006年ドイツ大会でも3得点。W杯通算15得点はミロスラフ・クローゼ(ドイツ)に次ぐ歴代2位、セレソンで記録した67ゴールも王様ペレ(77得点)に続く記録だ。
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