伝説のOBたちがいま明かす、埼玉サッカー界が誇る“鬼マツ”松本暁司の奥深き生きざま──

カテゴリ:高校・ユース・その他

河野正

2019年09月17日

選手権へ返り咲いた古豪。それでも「これじゃ全国は厳しいね」

昨年度は埼玉予選を制覇し、17年ぶりの選手権出場を果たした(写真)。2年連続の歓喜を呼び込めるか。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

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 浦和南は昨年度の第97回全国高校選手権・埼玉大会で17年ぶり9度目の優勝を遂げ、かつては推薦出場もあったことで17年ぶり12度目の選手権代表となった。
 
 野崎さんは筑波大卒業後、母校に赴任してサッカー部のコーチとなり、恩師とともに7年間後輩を指導。その後、新設の浦和東で24年間監督を務め、無名校を屈指の強豪にまで栄達させ、2013年4月にふたたび浦和南に戻ってきた。卒業生がサッカー部の監督になったのは野崎さんが第1号だ。
 
 松本先生は昨年、予選を戦う浦和南を毎回観戦した。昌平との決勝に逆転勝ちした後、埼玉スタジアムのベンチ前に現われ、野崎さんと握手を交わしながら「あめでとう」と労をねぎらったが、直後には「これじゃ全国大会は厳しいね」と苦笑した。「選手時代からいままで、一度も褒められたことがない。浦和東で選手権に5回、高校総体に7回出ても褒めてもらえなかった。まだまだだぞ、という先生の本意を励みにここまでやって来ました」と、大恩人の厳しさと優しさに謝辞を述べた。
 
「もっと話したかったし、いろいろ教わりたかった。指導者になって毎日グラウンドに出て、選手をじっくり観察することの大切さは先生から学んだ。劣勢の前半からハーフタイムを挟み、チームを変えられるのがいい指導者だと言われた。10分ほどのハーフタイムの大切さも勉強しました」
 
 心の古里である浦和南を、待ちに待った教え子が全国高校選手権に導いたのだから、野崎さんはいい恩返しができた。

 
 サッカーを離れ、酒の席でもゴルフ場でも先生の豪傑は変わらず、一緒にいて本当に楽しかった。たくさんのお話をうかがったなかでも、これぞ昭和の名将という言葉がこれではなかったか。
 
「彼らにはつらい思いをさせたけど、とにかく厳しく接して鍛え上げた。鬼だのクソマツだの言われていたことは知っていますよ。でも浦和の(普通科)高校で一番新しい学校ですからね、なにか強烈なインパクトを残したかった」と言ったそのときだけは、鬼のような顔つきだった。
 
 情熱家の指導者はいまも大勢いるが、“鬼マツ”のような監督が出てくる時代でないことが寂しいし、取材していてもどこか興趣を欠く。
 
取材・文●河野 正(フリーライター)

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