伝説のOBたちがいま明かす、埼玉サッカー界が誇る“鬼マツ”松本暁司の奥深き生きざま──

カテゴリ:高校・ユース・その他

河野正

2019年09月17日

試合直後にその場で、指導者を指導することもあった

1989年度の北海道国体で成年男子が3連覇を飾った埼玉。胴上げされているのが松本暁司総監督だ。写真:河野正

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 埼玉・浦和南高校創立時からサッカー部を指揮し、32年間の奉職中に多くのタイトルを獲得した。数多の名選手を育て上げた“鬼マツ”こと、松本暁司先生が9月2日、85歳で死去。教え子やサッカー関係者ら弔問、会葬者が引きも切らずに参列した様子は、言葉では言い尽くせない先生の偉大さを映し出していた。
 
 私が地元新聞社の運動部でサッカー担当になった頃、浦和南の最盛期は終わり、埼玉では武南と大宮東が盟主の座を争っていた。退任まで残り7年という松本先生はそれでも、浦和南への情愛をめらめらとたぎらせ、個を伸ばしながら試合に勝つ手段ばかりに思いを巡らせていた。
 
 往時の埼玉は1963(昭和38)年に就任した松本先生をはじめ、西野朗さんや川上信夫さんを育て、松本先生の1年後に浦和西へ着任した仲西駿策監督、さらに1年遅れで赴任して清水秀彦さんや田中孝司さんの恩師である浦和市立・磯貝純一監督が、まだ現場で情熱的な指導をしていた時分だ。ほかにもニューリーダーの若き大山照人監督が武南の勢力を拡大させるなど、大勢の名将と触れ合える環境にあった。
 
 そのなかでも、中学時代からカッコ良さに憧れていた浦和南を率いる松本先生と接するのは格別の思いで、初取材時の高揚感と緊張感をいまもほんのりと記憶する。

 
 先生は試合や練習、企画モノなど取材内容を問わず、腹の底から発する重厚な口調で、語るにつれて熱気を帯びてくるのが常だった。大きな身振りと手振りを交え、「あんな蹴り方をしているから決められないんだよ」「指導者は勉強不足、なにを教えているのかね」といったあんばいで敵も味方も関係なく、まず欠点・弱点・修正点の指摘に時間を割く。
 
 さらに私をFWに見立て「相手がこう守っているのに、こんな動きをしているから止められちゃうんだよ」と取材中の私の身体を動かしながら、実技指導することもしばしばだった。
 
 しかし、手厳しい言葉は選手やチームに対する怒りのはけ口では決してなかった。強くしたい、巧くなってほしい、世界と戦える選手とチームを育てたい──。先生は大きな視野を持って、こんな願望と憧憬を旗印にサッカーと向き合った。ゆえに他チームであっても骨があると見込めば、惜しみなく自分の経験と見識を伝えた。試合直後に対戦相手の監督を呼び、その場で指導者を指導することもあった。

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