ALEIX VIDAL
アレイクス・ビダル
DF/スペイン代表/1989年8月21日生まれ/178センチ・69キロ
アレイクス・ビダルにとって、2015年は人生最高の年だったに違いない。3月には娘さんが生まれ、5月にはスペイン代表に初招集され、6月には夢に見たバルセロナと契約したのだから。バルサに入団したのは今回が二度目。最初は12歳だった2001年で、同期には現チームメイトのジョルディ・アルバなどがいた。正真正銘のカタルーニャ人である。憧れのクラブのユニホームに袖を通し、天にも昇る気持ちだったことだろう。
しかし、たった1年でクビを宣告される。その後、2チームを経て今度はレアル・マドリーのカンテラに引き抜かれた。当時のマドリーにはユース選手用の宿舎がなく、A・ビダルは通っていた学校の学生寮に入寮。しかし、規律に厳しい学校だったためサッカー優先の生活が認めてもらえず、寮を追い出されると同時にマドリー人生も終わりを告げた。
そのため、「バルサとマドリーを追い出されたのは何か大きな問題があるのでは?」と穿った目で見られたという。
経済的に恵まれた家庭とは言えなかったため、マドリー退団後は16歳でサッカー選手の夢を一度は諦め、電気技師になるための夜間学校に通い始めた。
しかし、地元バルセロナのレウスというスモールクラブに拾われ、続いて移籍したエスパニョールのBチームでプロデビューを飾った。その後、パントラキコス(ギリシャ)、ヒムナスティック、マジョルカを経て11年夏にはアルメリアに入団。昨シーズンのセビージャでは、ヨーロッパリーグ制覇に大きく貢献するなど飛躍した。
「娘と家族を食べさせてくれるチームに全力を尽くす」
あらゆるチームでそう言い切ってきた。しかし、バルサには何しろ13年ぶりに戻ってきたのだ。今夏の入団会見ではこう語った。
「夢がひとつ叶ったよ。娘が生まれた後では、人生で一番重要な日だ。今まで色々なチームを転々としてきたけど、バルサが最後のクラブになるといいね」
FIFAによるバルサへの補強禁止処分により、2015年中はあらゆる大会に登録できない。しかし本人は「4か月待つことくらい、何のデメリットでもない」と、夢のクラブへの二度目の入団を決めたのだった。
文:山本美智子