チリには驚くほど路上の物売りが多い。それぞれの才覚をフル回転させて、商売を営む彼ら、彼女たちには、アニータの精神が見て取れる。
 
　チリが開幕戦を戦った日には、信号で停まった車列の前でチリのユニホームを着た中年が、見事なリフティングを披露していた。
 
　サンティアゴの旧市街アルマス広場では、コロンビア人の若者が「腕に自信がある者は名乗り出よ。いざ勝負！」といって地元のチリ人や外国人観光客を次々とドリブル対決で打ち負かしていた。どちらも日銭を稼ぐためだ。あの手この手を使って、彼らは生計を立てている。
 
　貧富の格差が激しい南米では、生まれた家庭で人生の大部分が決まってしまうところがある。だが彼ら、彼女たちは恨み言を口にせず、持って生まれた身体と知恵を使って明るくたくましく生きているのだ。
 
　コパ・アメリカは、そんな南米人の生き様を凝縮したお祭りだ。次々と敵が襲い掛かる中で、知恵と身体を駆使して問題を解決する。それが彼らのフットボール。一つひとつのプレーに、厳しい現実をどう生き抜くかという人生観が滲み出る。
 
　パラグアイは圧倒的に不利な中で辛抱強く耐え続け、最後にゴールへの鉱脈を掘り当てた。これは裕福ではない同胞に、大きな勇気を与えたはずだ。
 
　チリに来て５日、開始早々に不注意から失点した私は、このミスから学び、最近は安定した試合運びを見せている。守備が整ってきたところで、そろそろ攻撃に出てもいいかもしれない。なにしろ、こちらの女性は美しく、愛嬌も抜群なのだ。私のひどいスペイン語をものすごく褒めてくれる。
 
　ただし、気をつけなければならない。あのアニータがそうであるように、こちらの女性は一筋縄ではいかないのだ。
 
取材・文：熊崎敬
 
【著者プロフィール】
くまざき・たかし／1971年生まれ、岐阜出身。週刊サッカーダイジェスト誌記者からフリーランスに転身。国内外のサッカーに精通し、さまざまな媒体で健筆を振るう。徹底した現場主義者で、取材先ではファンに交じってその息遣いを感じ取る、臨場感あふれる筆致に定評。サッカー以外の分野でも活躍する。