昨年のワールドカップを観戦したことが、私のコパ・アメリカ現地観戦を決心させた。
南米の人々が腹の底から歌い上げる国歌は鳥肌が立つほど感動的で、ブラジルで会った南米のサポーターは心地いい人ばかりだった。南米対決では至るところで衝突が起きていたが、そんな緊迫感もいいものだった。
ブラジル人宅に居候したり、ウルグアイ人とマテ茶を回し飲みしたりと、私は1978年アルゼンチン大会以来の南米でのワールドカップを存分に満喫した。
その中でも、「ああ、これが南米のサッカーなんだ」と痛感した出来事がある。その主役となったのはチリ人だった。
旅先の宿で知り合ったウルグアイ人が、あるとき「チリ人がやらかしたぞ!」と大騒ぎしていた。「何を?」と尋ねると、スマホで動画を見せてくれた。小さな画面には、百姓一揆のような騒ぎが繰り広げられていた。
ウルグアイ人によると、マラカナンでのスペイン戦を迎えたチリ人たちが、居ても立ってもいられずチケットもないのにスタジアムに押し寄せたのだという。
「すごいぞ。連中はゲート付近で仮病を装い、警備員が油断した瞬間、一気に押し込んだらしい」
映像の中では、警備員に追いかけられたチリ人が記者たちの仕事場であるプレスセンターに逃げ込み、壁が倒れるというシーンが映し出されていた。
呆れて言葉もない私に、ウルグアイ人はむしろ誇らしそうにこう言った。
「でも、チリ人は正しいと思うぞ。聖地マラカナンで相手はチャンピオンのスペインだ。これは死んでも応援したいじゃないか。これが南米人の情熱なんだ」
捕まったチリ人は本国へ強制送還されたが、彼らの思いはチームを強烈に後押しし、チリは王者スペインを打ち破った。
試合に勝つたびにブラジルに大勢のチリ人が押し寄せ、至るところで伝統の掛け声「チチチ、レレレ、ビバ・チレ!」が唱和された。
開催国ブラジルを土俵際に追い詰めながら、チリはPK戦で敗れ去る。世界中を魅了したチリの冒険に終止符が打たれたが、イレブンは国の英雄となった。
ひとつの夢の終わり、だがそれは、もうひとつの夢の始まりを意味していた。
「さあ、次はコパ・アメリカだ!」
それはワールドカップで自信をつけたチリ人の、合言葉となった。
過去5度も大会を開催しながら、チリは一度もチャンピオンになったことがない。コパを掲げていないのは、野球の国ベネズエラ、エクアドル、そしてチリだけ。この不名誉な称号を返上する最大のチャンスが、ついに訪れたのだ。
開催国チリは圧倒的に有利な立場でコパに臨む。グループ首位で勝ち抜けば、試合はすべて首都サンティアゴ。移動はなく、休養日も多い。
王者ウルグアイ、メッシのアルゼンチン、ネイマールのブラジルを粉砕して、チリは頂点に駆け上がるのか。
「La Roja(赤)」と呼ばれるチリ代表が快進撃を見せたら、タツノオトシゴのように細いこの国は、狂乱の騒ぎになるだろう。聖地マラカナンでの事件が再現されるかもしれないが、それでこそチリ、それでこそ南米、それでこそコパ・アメリカなのだ。
文:熊崎敬

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