もっともカンテラ上がりの選手たちが重要な収入源となった一方で、前出のハメスとベイルの件は、売り時を誤った印象だ。移籍先探しに苦戦し古巣のトッテナムくらいしか候補がなかったベイルはもちろん、1年前は4000~5000万ユーロの値札が付けられていたハメスも、ジダン監督の強い要望を受けて放出を最優先させたことでマドリーの懐に入るお金はゼロとなった。
しかも移籍金は非公式ながら当初は2500万ユーロ(約31億2500万円)前後と伝えられていたが、ハメス・ロドリゲスが2008年から2010年に在籍したバンフィエルドが育成費を受け取らなかったことを暴露したことで、実はまったく発生しなかったことが明らかになるという曰く付きだった。
マドリーが前回、1980年に新戦力の獲得を見送ったのはアグスティン・ロドリゲス、リカルド・ガジェゴ、フランシスコ・ピネダとカスティージャから有望株が一度に昇格したことが背景にあった。それから40年の歳月が経過し珍事が再現する中、カンテラーノたちが果たした役割は全く異なるものだった。
文●ロレンソ・カロンヘ(エル・パイス紙レアル・マドリー番)
翻訳●下村正幸
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