【今日の誕生日】4月20日/日本人のスペイン進出の先駆け――安永聡太郎

カテゴリ:連載・コラム

サッカーダイジェストWeb編集部

2016年04月20日

相手DFをごぼう抜きにしてのアシストでファンの心を掴んだ。

清水市商、マリノスに続き、青いユニホームのレリダに加入。明るく外向的な性格で周囲から愛された。練習場へ自転車で通うことがニュースになったりもした。 (C) SOCCER DIGEST

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初めて1部リーグでプレーしたのはバジャドリー時代の城。2ゴールに終わったとはいえ、一定の評価は得た。しかし、契約延長はならなかった。 (C) REUTERS/AFLO

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◇安永聡太郎:1976年4月20日生まれ 山口県宇部市出身
 
 今シーズン、ドイツ・ブンデスリーガのフランクフルトからリーガ・エスパニョーラのエイバルに加入した乾貴士は、33節終了時点で26試合に出場して3得点という記録を残している。
 
 この3点は、左サイドから中央に切れ込んでの鮮やかなミドルが2本、そして角度のない位置からのよくコントロールされたボレーシュートと、乾の技術の高さが存分に発揮されたものだった。
 
 また、チャンスメイクでもチームに貢献しており、デビュー戦となった5節レバンテ戦での股抜きドリブルや、複数のDFを引きつけてフリーの味方に合わせた30節ヘタフェ戦のアシストは、現地でも絶賛された。
 
 戦術的な事情から、時折、ベンチから試合を眺めることがあるものの、乾は主力としての地位を確立したと言っていい。
 
 地元メディアは「彼はリーガで成功する最初の日本人となる」と絶賛するが、それはすなわち、ここまで多くの日本人選手がスペインに乗り込みながら、ほとんどが志半ばでこの地を去らなければならなかったことを意味している。
 
 日本人のスペイン挑戦が始まったのは1996年。天才と呼ばれ、U-17世界選手権にも出場した財前宣之が、ヴェルディ川崎からログロニェス(当時1部)に移籍して高い評価を得ていたが、靭帯断裂の重傷により、一度もピッチに立つことなく帰国を余儀なくされた。
 
 その財前と入れ替わりでスペインにやって来たのが、安永聡太郎である。加入したレリダは2部リーグのチームではあったが、彼こそがスペインのピッチに立った最初の日本人である。
 
 アグレッシブなストライカーとして、清水市立商業高校(当時)時代は2年時の高校選手権優勝他、多くのタイトル獲得に貢献。95年に横浜マリノス(当時)に入団すると、デビューイヤーから28試合に出場し、いきなりリーグ優勝を経験した。
 
 そんな彼は、プロ入りの際に海外留学をクラブと約束しており、3年目のシーズンを終えると、これを実行に移す。留学ではなく、テスト入団となったのは彼の希望であり、それだけの覚悟を持ってスペインに向かった。
 
 この国を選んだのは、95年に出場したワールドユース(現U-20ワールドカップ)でスペインと対戦した際、ラウール・ゴンサレス、イバン・デ・ラ・ペーニャのプレーに魅了されたからだという。
 
 レリダで、当時の監督、ファンデ・ラモスに認められて入団した安永は、序盤こそチームに馴染めず、ひとり浮いた状態にあったが、7節エルクレス戦で2ゴールを上げると評価は急浮上。15節オレンセ戦では3人のDFをドリブルで抜いて味方のゴールを演出したことで、ファンの心を掴んだ。
 
 最終的に34試合に出場して4ゴールを挙げたが、期限付き移籍だったこともあり、このシーズンをもって帰国し、マリノスに復帰。1シーズンを過ごした後、清水エスパルスに移籍して、ここでは初のステージ優勝に貢献した。
 
 01年の2度目のマリノス復帰を経て、翌年夏に再度スペインへ。2部のラシン・デ・フェロールに加入した安永は、12試合出場1得点の記録を残し、チームからは残留を希望された。しかし、これを蹴って三たびマリノスに戻り、05年に加入した柏レイソルで現役生活に別れを告げた。
 
 その後は、JFAの専属講師やテレビ解説者を務めたが、コーチライセンスを取得すると、3度目のスペイン行きを敢行し、3部リーグのギフェロというクラブで指導に携わった。
 
 先頃、CPサッカー(脳性麻痺7人制サッカー)の日本代表監督に就任した安永。40歳になった彼は、スペインで監督を務めることは諦めておらず、また2020年の東京五輪で監督を務めるという夢も持っているという。
 
 最後に、過去にスペインの3部リーグ(セグンダB)以上で、トップチームの一員としてプレーした日本人選手とその成績を以下に記す。
 
◇財前宣之
ログロニェス
1996-97 1部 0試合0得点
 
◇安永聡太郎
レリダ
1997-98 2部 34試合4得点
ラシン・デ・フェロール
2002-03 2部 12試合1得点
 
◇城彰二
バジャドリー
1999-00 1部 15試合2得点
 
◇深澤仁博
テネリフェ
1999-00 2部 0試合0得点
 
◇西澤明訓
エスパニョール
2000-01 1部 6試合0得点
 
◇大久保嘉人
マジョルカ
2004-05 1部 13試合3得点
2005-06 1部 26試合2得点
 
◇福田健二
カステジョン
2005-06 2部 17試合2得点
ヌマンシア
2006-07 2部 39試合10得点
ラス・パルマス
2007-08 2部 15試合3得点
 
◇指宿洋史
ジローナ
2008-09 2部 6試合0得点
2009-10 2部 0試合0得点
サラゴサB
2009-10 4部 27試合12得点
サバデル
2010-11 3部 33試合10得点
セビージャB
2011-12 3部 32試合20得点
セビージャ
2011-12 1部 1試合0得点
バレンシアB
2013-14 3部 34試合7得点
 
◇中村俊輔
エスパニョール
2009-10 1部 13試合0得点
 
◇家長昭博
マジョルカ
2010-11 1部 14試合2得点
2011-12 1部 4試合0得点
2013-14 2部 7試合0得点
 
◇田邉草民
サバデル
2013-14 2部 29試合4得点
2014-15 2部 35試合1得点
 
◇杉田祐希也
エルクレス
2013-14 2部 16試合2得点
2014-15 3部 13試合0得点(プレーオフ1試合含む)
 
◇ハーフナー・マイク
コルドバ
2014-15 1部 5試合0得点
 
◇長谷川アーリアジャスール
サラゴサ
2015-16 2部 8試合0得点
※今年1月に契約を解除し、3月に湘南ベルマーレへ移籍
 
◇乾 貴士
エイバル
2015-16 1部 23試合3得点
※33節終了現在

セルティックで数々の伝説を創り、エスパニョールから期待を持って迎えられた中村だったが、スペイン滞在期間は1年にも満たず。西澤に続く2人目の日本人もまた、このクラブを満足させることはできなかった。 (C) Getty Images

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数々の印象的なプレーで高い評価を得ている乾。写真はグラナダ戦の先制ボレーシュート。GKとポストのあいだを抜いた。 (C) Getty Images

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