「両サイドがどんどん仕掛けていくFC東京のサッカーが自分にフィットすると思った」
ブレずにリハビリに徹すると、秋に復帰してから快進撃が始まった。12月の慶應義塾大との早慶戦で途中出場から貴重な同点ゴールをマーク。大学サッカーでの初ゴールを挙げると、そこからはレギュラーに定着。続く筑波大とのリーグ戦で2ゴールをマークするなど、これまでの思いを一気にプレーで表現した彼に、すぐJクラブのスカウトは動いた。
ヴィッセル神戸と京都サンガが素早く彼に声をかけ、年が明けた今年の1月には両クラブのキャンプに参加。3月にはデンソーチャレンジカップ熊谷大会で関東A選抜に選出され出場すると、ベンチスタートが多かったもののサブメンバー中心で挑んだ準決勝の関東B・北信越選抜との一戦で圧巻の2ゴールを挙げるなど、MVP級の活躍を見せたことで、彼の獲得レースはさらに加熱した。
デンソーチャレンジカップ後にFC東京の練習に参加をすると、その後は怪我に見舞われて復帰は7月末となったが、そこから新型コロナウィルス感染症の関係でア式の活動がストップしていたこともあり、この期間で柏レイソル、清水エスパルス、そして2度目となる京都とFC東京の練習に参加をした。他にも彼の元には獲得の意向を示すクラブが2クラブほど来ていた。
気がつけば彼は大学3年の段階でJ1・J2のかなりの数のクラブが獲得に本腰を入れるタレントになっていた。
「正直、ここまでお声をかけていただけるとは思っても見ませんでした。僕らが大学進学を決めた頃は3年で決まる選手が今ほど多くなくて、4年の春で早いくらいでした。僕もその基準でやっていたので、大学でプロを目指していて4年になったら決まればいいなと思っていた。自分の予想図よりかなり前倒しになっています」
こう驚きを隠せなかったが、彼はこの状況をポジティブに捉え、すぐに決断を下した。
「なるべく早くJの舞台に立ちたいという思いが芽生えてきたんです。その理由としては早くあの舞台を経験しておくことで、あと1年以上残っている大学生活がさらに濃く、自分のプラスになると思ったんです」
練習参加をした5チームの中で悩んだ。どれも彼にとっては魅力的なチームだったが、最終的には「両サイドがどんどん仕掛けていくFC東京のサッカーが自分にフィットすると思いましたし、在籍する選手のレベルがものすごく高くて、かつ経験も豊富で、純粋にここに身をおけば僕は成長すると一番感じることができたんです」と、FC東京を選択した。
デンソーチャレンジカップ後にFC東京の練習に参加をすると、その後は怪我に見舞われて復帰は7月末となったが、そこから新型コロナウィルス感染症の関係でア式の活動がストップしていたこともあり、この期間で柏レイソル、清水エスパルス、そして2度目となる京都とFC東京の練習に参加をした。他にも彼の元には獲得の意向を示すクラブが2クラブほど来ていた。
気がつけば彼は大学3年の段階でJ1・J2のかなりの数のクラブが獲得に本腰を入れるタレントになっていた。
「正直、ここまでお声をかけていただけるとは思っても見ませんでした。僕らが大学進学を決めた頃は3年で決まる選手が今ほど多くなくて、4年の春で早いくらいでした。僕もその基準でやっていたので、大学でプロを目指していて4年になったら決まればいいなと思っていた。自分の予想図よりかなり前倒しになっています」
こう驚きを隠せなかったが、彼はこの状況をポジティブに捉え、すぐに決断を下した。
「なるべく早くJの舞台に立ちたいという思いが芽生えてきたんです。その理由としては早くあの舞台を経験しておくことで、あと1年以上残っている大学生活がさらに濃く、自分のプラスになると思ったんです」
練習参加をした5チームの中で悩んだ。どれも彼にとっては魅力的なチームだったが、最終的には「両サイドがどんどん仕掛けていくFC東京のサッカーが自分にフィットすると思いましたし、在籍する選手のレベルがものすごく高くて、かつ経験も豊富で、純粋にここに身をおけば僕は成長すると一番感じることができたんです」と、FC東京を選択した。