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最新テクノロジー×地道な伝播活動で、アビューズも理不尽もないスポーツへ【日本サッカー・マイノリティリポート】

カテゴリ:Jリーグ

手嶋真彦

2023年05月19日

スポーツを広げていくとは、理不尽をなくすこと

「奇跡の1ミリ」とも評された三笘のアシストシーン。微差を徹底して追求するスポーツは、イノベーションの苗床としての価値も持つ。(C)Getty Images

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 橋口たちが変えていこうと試みているのは、スポーツも組み込まれているシステムそのものだ。貧困な家庭に生まれてしまった。叶わなかった自分の夢を子どもに無理強いする親だった。地域の指導者が最悪だった。所属するチームを変えたくても、ルールの壁に阻まれる。

「そんな不幸がこのまま再生産され続けていいはずがありません。生まれた時には、もうオッズが決まっている。べらぼうに悪いオッズのなかで、サイコロを振るしかない子どもたちが確実にいるわけです」

 複雑に入り組んだシステムを変えていくには、構成している一人ひとりの意識や行動、さらにはルールを変えていく必要がある。容易なことでは決してない。

 ワンタップスポーツのユーザーは右肩上がりで増え続けているとはいえ、全国津々浦々の部活動や少年団全てを母数にすると、利用率はまだ数パーセントの域にとどまっている。

「科学的なモニタリングや怪我予防の取り組みに必要性を感じている」(橋口)指導者が増えているから、ユーザーも増加しているのは確かだが、その割合も絶対数もまだ少ない。残りの大多数のなかには、昔ながらの理不尽を継承している指導者も存在する。

 橋口が少年だった40年前との大きな違いは、科学的なエビデンスに基づく知識やノウハウの蓄積が進んでいることだ。全日本野球協会は「きわめてしっかりした」(橋口)少年野球指導者のための公認資格カリキュラムを持っている。あるプロ野球球団の関係者が「自分たちも学ぶことが多い」と評するほど充実した内容だ。

「“馬なり”の未来でも、きっと30年後には随分変わっているでしょう」

 そう予測しながら橋口たちが急ぐのは、いま理不尽に苦しむ子どもたちがいるからだ。その子たちが救われない状況を放置したままだと、同じように可能性を狭められる子どもたちが後に続く。

「意識や認識を伝播(でんぱ)するには地道に“地上戦”を重ねていくしかないと思います。地上戦の活動量を増やし、仲間を増やし、伝播の起点を増やしていく。劇的に状況を変えるマジックはありません」
 
 橋口たちは固く信じているという。スポーツを広げていく=理不尽をなくしていくことに他ならないと。

「伝統的な体育会系の世界に強く残っているのが、いわゆるスティグマです」

 スティグマとは心理的嫌悪感を意味する言葉だ。スティグマのもとで多数派が少数派を否定的に評価する。

「例えば『痛い』と口に出すことへのスティグマです。口に出せないのは、弱いヤツだと見なされるのではないかという不安があるからです。アスリートは強くあらねばならないと強要するカルチャーは、男子の世界で特に強い。本当に痛いところがあって休んだほうがいいのは明らかなのに『痛い』とは言えません」

 痛いですと口には出せなくても、ワンタップスポーツに痛みの主観値を入力することならできるかもしれない。主観値の目盛りを変えるスライドバーをワンタップで左右に動かし、自分が感じている痛みを伝えることならば――。



 橋口たちはユーフォリアの社内で誓い合っているという。我々が諦めることは絶対に許されないと。子どもたちの可能性が狭められている状況を。そしてスポーツがアビューズされている状況を。

 そこまでスポーツにこだわるのは、前編に詳しく記したラグビーワールドカップしかり、後編のサッカーワールドカップもまたしかりで、人の心をあれだけ動かし、人と人とを深く結びつけ、人を大きく成長させる、スポーツの多面的な価値を信じているからだ。

 いまだポテンシャルのままとも言えるその価値を最大化していくには、やはりスポーツという多面体の負の側面から目を逸らさず、少しずつでも切り崩していかなければならない。同時にイノベーションの苗床であるスポーツを、スポーツとは距離を置く人々のウェルネスや幸せに役立てていく必要もある。

 航空自衛隊の隊員の体調管理にワンタップスポーツを活用してもらうという新たな取り組みも始まった。その説明会で橋口たちがある基地を訪れた時の出来事だ。奇跡の1ミリとも謳われたアシストを三笘がやってのけた頃だった。

 皆さんにも、トップアスリートが活用しているものと同じソフトウェアを使っていただきます。橋口が伝えると、迷彩服姿の隊員たちの目がパッと輝いた。興奮しているのが橋口にも伝わってきた。

 TV画面の向こう側で大活躍するトップアスリートと同じ最新鋭のツールを自分も使うのだという説得力。トップアスリートと同様に、自分のコンディションも重要なのだと認識しながら感じる高揚感。そしてコンディションが整えば、自分にももっとできるのではないか、良い方へと変えていけるのではないかという希望――。

 何かと閉塞感が強まるこの国に欠けているのは、自分にもできる、良い方へと変えていけるという希望なのではないか。橋口たちの信念やビジョンを知ると、スポーツが希望の灯をともし、一人ひとりの可能性を照らす、そんな未来が見えてくる。(文中敬称略)

取材・文●手嶋真彦(スポーツライター)

※サッカーダイジェスト2023年2月9日号から転載
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