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最新テクノロジー×地道な伝播活動で、アビューズも理不尽もないスポーツへ【日本サッカー・マイノリティリポート】

カテゴリ:Jリーグ

手嶋真彦

2023年05月19日

既知か未知か。未来を変える微差はそこにも

大いに盛り上がった東京2020。だが大会が終わった途端、ヒト・モノ・カネが消えていった。(C)Getty Images

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 そのサッカー少年がしきりに首を傾げるようになったのは、小学校高学年になってからだ。それまでは何をやらせても上手だった。足が速く、テクニックもあり、ドリブルで仕掛けていける。その子がいるだけでボールが落ち着き、起点となっては周囲の子どもたちを巧みに使う。

 そのA君がある時から段々目立たなくなる。彼自身がプレーしながら違和感を覚えているらしく、腑に落ちない表情を浮かべている。橋口たちコーチ陣のミーティングでも話題になった。あの子が伸び悩んでいるのは、なぜだろうか。

 ワンタップスポーツの利用者に、橋口たちはまず伝える。このツールはなぜ誕生したか。なぜ存在しているか。正しく使われなければ、ツールを作った意義が失われていく。それゆえ、まずは起源や意味から知ってもらう。ツールを提供する者としての責任感がそうさせる。

 最初に伝えるだけではない。自前のウェブメディアを通して、ワンタップスポーツの活用事例や科学的なエビデンスに基づく正しい知識を発信し、情報をアップデートする。ユーザー同士をオンラインで繋ぐ場を定期的に設け、トップアスリートやトレーナーなど優れた専門家の声も届ける。

 オンラインミーティングの登壇者となり、もっと早くからコンディショニングやフィジカル強化を強く意識して取り組むべきだったと、サッカー少年たちに自戒を込めたメッセージを発したのが、ワンタップスポーツを熱心に活用しているヴィッセル神戸の酒井高徳だ。

 知っているか、知らないか。未来を大きく変える微差はそこにもある。A君が伸び悩んだ原因を推定できたのは、彼が中学受験のために少年団を退団したあとだった。成長期の子どもに特有のクラムジーと呼ばれる症状だ。四肢だけが急に伸び、従来のバランスが崩れ、自分の身体を上手く操作できなくなっていた。

 橋口が少年団のコーチを6年間務めたのは、小学生になった息子がサッカーを始めたからだ。この競技の経験者ではない橋口は初歩からコーチングを学んだが、手探りゆえの限界はある。ワンタップスポーツのネットワークを通して有益な情報が蓄積されていくにつれ、もっと早く知っていたらという知識が増えていく。

 もっと早く知っていたら、A君に伝えられた。心配するな。クラムジーの時期が終われば、また上手くなれるからと。もっと早く知っていたら、指導のフォーカスを技術習得から身体操作のほうへと切り替えられていた。

「一定の割合でクラムジーが発生すると知っていたら、それだけで声掛けが随分変わります。本人の悩みも軽減できるでしょう。正しいスポーツ医科学に基づくナレッジを共有していくのはすごく大事なことですし、我々はそれをずっと続けていかなければなりません」
 
 別の少年の話をしよう。野球少年だったB君だ。B君が意を決し、監督に自分の意思を伝えたのは試合が始まる直前だった。肘が痛いです。今日は投げなくてもいいですか?

 B君は早熟で小学校に入学した頃から身体が大きく、同級生と比べると頭ひとつ抜けていた。スポーツ万能で、少年野球のチームでも重宝された。

 物心がつく頃から、野球は好きだった。小学2年生で地元のチームに入り、高学年になるとほぼ全ての試合に登板しては、面白いように三振を奪うようになる。

 その一方で、さすがに投げすぎではないかと不安を募らせるようにもなっていた。右肘はくの字に折れ曲がっている。まだ小学生だというのに真っ直ぐ伸ばせない。日常生活でも痛みに襲われるようになり、レントゲンを撮ってみると、悪さをする遊離軟骨がくっきり写っていた。

 B君は子どもの頃の橋口だ。意を決し、ベンチにどっかと腰を下ろしている監督にすみません、肘が痛いですと訴えた。今日は投げなくてもいいですか?

 次の瞬間、拳が飛んできた。同時に理不尽そのものの言葉も浴びていた。お前、何を言うとるか。気合いが足らん!!

 別の日には、ベンチの前から外野のポール際まで後ずさりしながらビンタされ続けたこともある。理不尽な暴力を振るわれていた少年は、橋口だけではない。

 野球もコーチングも知らない素人の監督だった。試合に負けていると不機嫌になり、子どもたちが殴られる。ベンチで酒の臭いをプンプンさせながら、子どもたちを不当な力で服従させる。

 今から40年ほど前の実体験だが、橋口からすると昔は酷かったという話ではない。ワンタップスポーツを介して広がり続けるネットワークを通じ、無知ゆえの理不尽や非科学的な固定観念が今なお日本のスポーツ界に根強く蔓延(はびこ)っているそんな現状が伝わってくるからだ。

 スポーツには、人を成長させるという掛け替えのない価値もある。最初は楽しいから続けて、もっと上達したくて工夫する。たとえ結果は出なくても、自分なりに試行錯誤した経験は人生の糧にもできる。しかし、楽しさという扉が理不尽な力で閉ざされることもある。

 橋口は少年団のコーチを務めながら、レフェリーの資格を取得する。多くの試合をジャッジしながら、実感したのは楽しさの扉を閉ざそうとする大人たちの存在だ。

 相手チームの子どもに、リスペクトのかけらもない野次を飛ばす指導者たち。自分がその子なら深く傷つく言葉の暴力だ。試合に敗れた自分の子どもを、乱暴な結果論と強い口調で責め立てる保護者たち。自分があの子なら、きっとサッカーが嫌いになってしまう。
 
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