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怪我の予防からポテンシャルの最大化へ。スポーツテック企業が見据える未来と課題【日本サッカー・マイノリティリポート】

カテゴリ:Jリーグ

手嶋真彦

2023年05月18日

高強度のトレーニングとは? 目の当たりにした衝撃の光景

ユーフォリア共同創業者・代表取締役Co-CEOの橋口寛(右)と宮田誠(左)。(C)EUPHORIA

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 前後編の2回に分けて紹介するのは、アスリートの怪我予防などに役立てられるソフトウェアを開発・提供するスポーツテック企業。スポーツとテクノロジーを掛け合わせると、どんな未来が見えてくるのか。多面的な課題の解決へ、取り組みの幅を広げていくビジョンとは――。

――◆――◆――

 日本代表が天と地を引っくり返そうとしている。

「ショットだ! ショット!」

 橋口寛は無我夢中で叫んでいた。深夜のスポーツバーは興奮のるつぼと化している。ひょっとしたら、ひょっとする。その場に居合わせた客たちは、ひとり残らず、大詰めを迎えた試合中継に釘付けとなり、どよめき、固唾を呑む。

 日本代表は究極の選択を迫られていた。確実に引き分けられる道を選ぶか、大きなリスクを取り、ワールドカップ優勝歴を持つ大国を倒しにいくか――。

 やがて訪れたのは、感情を制御しているネジというネジが全部弾け飛ぶ、強烈きわまりない忘我の瞬間だ。橋口が共同創業者となったスタートアップ企業の運命は、あの瞬間に決まったのだろう。

 スポーツテックのフラッグシップを打ち立て、大きく成長していくその企業が掲げる壮大なビジョンとは? サッカーを含めたスポーツが、今よりはるかに活かされている新しい世界を、誰もがポテンシャルを発揮できる未来を、どのように作っていこうとしているのだろうか。


 
 アスリートのコンディションを可視化するソフトウェア「ONE TAP SPORTS」(ワンタップスポーツ)は、いわば“極限予見ソフト”として開発された出自を持つ。橋口が共同代表取締役を務める株式会社ユーフォリアに、その開発を打診してきたのが日本ラグビー協会だ。

 詳しく事情を聞くと、2019年に自国で開催するW杯に向けて、並外れて高強度のトレーニングを、並外れた長期間に渡って繰り返す日本代表の新ヘッドコーチを招聘した。就いては選手たちが怪我をせず、ギリギリまで追い込めるように日々のコンディションを把握し、故障のリスクが高まればアラートを発する、それこそ“極限”を見極めるためのソフトウェアを必要としていると言う。

 高強度のトレーニングとは、はたしてどの程度のものなのか。橋口が目の当たりにしたのは、衝撃的な光景だった。

 大学ラグビーのあるスタープレーヤーが、練習生の扱いで、日本代表合宿に初めて招集された初日のことだ。橋口は過去に観戦した大学ラグビーの試合で、その選手が躍動している姿をはっきりと覚えていた。秩父宮ラグビー場のそれこそ2万人の観衆全員が、その選手の一挙一動を目で追い続けるような、人気と実力を兼ね備えた逸材だ。橋口も目を奪われたひとりだった。

 日本代表合宿の初日にも、その選手は有望株の雰囲気を醸し出していた。元気よく自己紹介すると、元気よくフィールドへ飛び出していく。その選手が所属している大学のラグビー部も厳しい練習で知られている。

 ところが――。大学ラグビーのあのスターが、瞬く間に嘔吐しはじめたのだ。頑張れ、頑張れと周囲の選手たちに励まされながら、食べたものを戻し、また戻す。高強度のトレーニングをすでに重ねていたジャパンでは、とてもではないが即戦力たりえない。その事実が明らかになるまで、時間はさほどかからなかった。

“極限予見ソフト”の開発を橋口たちが正式に依頼されたのは、2012年の11月。翌13年4月の菅平合宿から運用を始めたいと言う。

 橋口たちに白羽の矢が立ったのは、ターンアラウンドと呼ばれる企業再生のコンサルティングを得意としていたからだ。ITを活用し、企業が苦境に陥っている理由を可視化する。事業のパフォーマンスを数値化し、早期に異常を検知して、アラートを鳴らす。

 一見遠く離れた領域にも思えるスポーツと企業再生だが、リスク管理の方法としては共通した構造を持っている。

 日本代表の合言葉は「Beat the Boks」。ラグビーの世界ではスプリングボクスの愛称で通り、W杯で優勝2回(当時)の南アフリカを、つまりはボクスを倒すと誓い合う非常に高い目標だ。

 南アフリカと激突するのは、2015年にイングランドで開催されるW杯の初戦。早くから照準をその15年9月19日に合わせていた。

 並外れた強度のトレーニングを、並外れた頻度で続けるヘッドコーチの要求は、予想以上に並外れていた。選手のコンディションを管理する、世界的に超一流のS&C(ストレングス&コンディショニング)コーチたちが漏らす悲鳴は、橋口たちにも聞こえてくる。

 極限予見ソフトで支援して、彼らの負担を少しでも減らしたい。しかし、突貫で最初の合宿に間に合わせたソフトウェアは、アップデートを重ねた現在の最新型とは比べるまでもなく、原始的なプロダクトだった。

 それでもアジャイルと呼ばれる、スピード最優先でダメ出しを前提とする開発方式により、機能を少しずつ追加し、アラートの精度を上げていく。やがて橋口たちは、日本代表と共同で開発したと言っていいソフトウェアの価値に手応えを感じるようになり、並外れた取り組みを支える黒子としての強い自覚も持つようになっていた。

 だからこそ、南アフリカ戦の最後の一瞬まで、橋口は恐怖の感情を払いのけられなかった。

「Beat the Boks」

 本当にそんなことが可能なのだろうか。当時の日本代表がW杯で残していた通算成績は、24戦して1勝2分21敗だ。21敗のなかには、ファンの心を抉るような惨敗も含まれている。

 1995年6月4日のニュージーランド戦。オールブラックスの愛称が「最強」の代名詞ともなっているラグビー大国ではあるが、それにしてもここまでの大差をつけられるとは。深夜のリビングルームで、17-145の最終スコアを伝えるTV中継が流れるなか、橋口は魂が抜けたような放心状態に陥っていた。オールブラックスにも匹敵するスプリングボクスを倒すなど、本当に可能なのだろうか……。

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