やり切って満足した末の引退ではなかっただけに、すぐにサッカー界に携わる気持ちにはなれなかった。Ｊリーグが02年に設立したキャリアサポートセンターの支援も遠慮した。「24歳で引退し今後が不安になって少し落ち込み、マイナス思考に陥っていましたね」と述懐する。

　湘南時代に疲労骨折の手術をし、そのリハビリ中に知人から宅地建物取引士（宅建士）のテキスト本を借りて読みふけった。高校時代から引退後はいったんサッカー界を離れ、異業種を経験してサッカーに戻る青写真を描いていた。

　宅建士について少しかじったことで、不動産関係でセカンドキャリアの第一歩を踏み出すことにした。インターネットで応募した住友不動産販売に05年８月に入社すると、10月には宅建試験に合格し、不動産売買の仲介を担当。独立やキャリアアップ、転職などに有利な国家資格を得た。翌年11月には業界でも堅実な三菱ＵＦＪ不動産販売に転籍する。

　仕事は楽しかった。「誰でも欲しがる物件って営業マンが薦めなくても売れるんです。それよりお客様に相談され、こんなステップを経て契約したいと描いた通りに進み、満足してもらった時にやりがいを感じた。くせのある物件の成約も楽しかったですね」と嬉しそうに話した。

　ところが18年11月に退社し、翌年１月に個人技術の向上に特化した少人数制の『ロボサッカースクール』を開校する。自宅のある埼玉県熊谷市を拠点に指導を始めた。

　安定した企業で経験を積み、中堅社員となっていたのになぜサラリーマンを辞めたのか？

　不動産売買の仲介で法人と個人を14年間担当し、もう一度この業界に戻ったとしても、やっていける自信が付いたのが理由のひとつ。だが、一番の動機は長男が生まれ、子どもの成長過程で何かを伝えたいと考えた時、またサッカーで挑戦したいという思いが強くなったからだ。
 

　スクールが軌道に乗った１年後、古巣の浦和からハートフルクラブのコーチを打診され、20年３月から指導陣に加わった。同クラブは戦術や技術の習得より、サッカーを通じて子どもたちのこころを育むことを主眼に活動している。

「これでいいのかな、こころを育む指導になっているのかな、っていつも自問自答しています。一つひとつの言動に注意し、常に答を探し求めてやっていくことが自分の成長にもつながると思う。答はないのでしょうが、学び続ける姿勢が大切だと信じて取り組んでいます」

　03年の発足時からハートフルクラブの運営、発展に尽力する落合弘キャプテンは、日本代表として国際Ａマッチ63試合に出場し主将も務めた。日本リーグは歴代２位の２６７試合を経験した名選手だった。

　その落合さんは「子どもたちのこころを動かすものが、池田コーチにはあります。例えば太いふくらはぎに容姿、ロボという愛称などは子どもたちの関心を引きますよね。会社員を経験したことも大きく、いいものをたくさん持っているので、これからが楽しみ」と言って期待を寄せる。

　清水商高で２年、浦和で２年半、ずっと小野の背中を見つめて人間性も豊かになった。今度は池田が子どもたちのこころを豊かにする番だ。

取材・文●河野 正

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