【連載・東京2020】旗手怜央/前編「大学屈指のアタッカーはいかに育ったのか。名門”静学”を選んだ理由」

カテゴリ:日本代表

多田哲平(サッカーダイジェスト)

2019年07月08日

「選手権だけがすべてはないと気づいた」

サッカーを本格的に始めたのは小3から。すぐにのめり込んでいったという。写真:茂木あきら(サッカーダイジェスト写真部)

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――幼少時代も活発だった?
「ずっと自転車を乗り回していたのを覚えています。結構早いうちから補助輪なしで走っていたんですよ。あとは仮面ライダーごっことかもしていました。とにかく好奇心旺盛でしたね」
 
――やっぱりお父さんの影響ですか?
「それは間違いないですね」
 
――兄弟もスポーツを?
「姉がいます。姉はテニスをやっていました」
 
――スポーツ一家ですね。
「そうですね。母もバレーボールや乗馬や、テニスをやっていました」
 
――身体能力が良いのは、遺伝かもしれないですね。
「たしかに、あまり僕は怪我をしないし、運動能力は良いほうです。それに関しては両親のおかげかもしれません。有難いです」
 
――小学生の時は、三重のFC四日市でプレーしましたね。どういった経緯で?
「小学校(鈴鹿市立牧田小)の少年団で1年間くらいやって、小4からFC四日市のジュニアチームに入りました」
 
――FC四日市に移ったきっかけは?
「もっとうまくなりたいという想いがあって、小学校の少年団だけではなく、鈴鹿近辺のクラブチームの練習に参加していたんですよ。そんな時にFC四日市を紹介してもらったんです」
 
――三重ではかなり強いチームです。
「プロだと和泉竜司くん(現・名古屋)とかも輩出していますしね」
 
――中学生では、そのままFC四日市に在籍しますね。
「他にいこうとは思わなかったです」
 
――中学でも続けようと、サッカーにのめり込んでいった理由は?
「ゴールを決めた時の嬉しさや、日々、自分の成長を感じられる部分に惹かれていきました」
 
――小さい頃から攻撃の選手だったのですね。
「攻撃が好きな性格なので。野球でも打つほうが楽しかった」
 
――高校では静岡学園を選びます。越境入学を選んだ理由は?
「三重の強豪と言えば四中工で、毎年のように全国選手権に出場しているので、自分も初めはそこに行こうと考えていました。ただ、悩んでいるうちに気づいたんですよね。選手権に出るだけがすべてではないなって。なにより、プロになりたい、うまくなりたい、という気持ちを優先したかった。だから、個の技術を一番大切にしていて、プロの選手もすごく多く輩出している静学を選びました」
 
――中学の時からプロになるためのルートを考えていたんですね。
「まあ特別深くは考えていなかったですよ。漠然とプロになれたらいいなと」
 
――クラブユースに入る気は?
「中学時代はまったく無名だったので、ユースなんていけるなんて思わなかったし、そんな考え自体がなかったです。ユースってセレクションがあるじゃないですか。それと比べれば静学は入りやすかったので」
 

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