【連載・東京2020】岩崎悠人/後編「京都発、札幌経由、東京行き――。4年に1度の祭典に懸ける想い」

カテゴリ:日本代表

松尾祐希(サッカーダイジェストWEB)

2019年05月14日

1年目から38試合に出場も、高校時代からこだわっていたゴールはわずかにひとつ。それでも、充実していた理由は?

今季から札幌に加入した岩崎。移籍の決め手はペドロヴィッチ監督の存在だった。写真:山崎賢人(サッカーダイジェスト写真部)

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――先輩の姿を見ながら、1年目は35試合に出場しました。レギュラーの座を掴んだ一方で、得点はふたつ。高校時代からゴールにこだわってきたなかで、納得がいかなかったのでは?
高校時代とは違い僕はサイドハーフで、前線には闘莉王さんとケビン(オリス)がいました。そういう意味では高校と違うプレーをして、アシストも8つ記録できたので、また違う貢献の仕方を学べましたね。1年目は個人的には良かったと思います。
 
――2年目は33試合の出場で1点に終わりました。そこはどう感じていましたか?
2年目に関してはあんまりスタメンで試合に出られなかった。その中で闘莉王さんに毎日いろいろ教えてもらいながらやっていましたね。さっきの話に戻りますけど、闘莉王さんの存在は僕の中ですごく大きかったんです。
 
――そこから新天地を求め、今季から札幌に加わりました。移籍の決め手は?
昨シーズンを見て、すごく面白いサッカーだなと思っていたんです。そして、ミシャさん(ペドロヴィッチ監督)と一緒に仕事をしたいと感じたのが一番大きかった。札幌では出場機会が少なく、5節の名古屋戦でようやくJ1デビューができました。そこは監督やスタッフの皆さんに感謝しかないのですが、自分の中でミシャさんの戦術にまだハマっていないところがある。もっと成長しないといけないと感じています。
 
――現状に焦りはないのでしょうか。
出られないのは当たり前のこと。本当に成長して、課題を少しでも改善していくことが先だと考えています。
 
――ただ、どんな状況であってもU-22代表に名を連ねています。世代別代表に初めて招集されたのは高校1年生の冬でした。一番最初に選ばれた時の心境は?
代表は全然意識していなかったんですよ。1年生の選手権が終わった後、高校選抜に選出されました。それを見た内山篤監督(編集部・注/2015年から17年までU-18代表からU-20代表の監督を歴任)が代表に呼んでくれたんです。本当にタイミングが良かった。内山監督には感謝しています。
 
――代表に入って感じたことは?
高1の時は迷いながらプレーをしていましたけど、代表に行って自分の良さは何かというのを思い知らされました。背後への抜け出しで起点を作り、ゲームの流れを変える。代表でもサイドに流れながらそういう動きをしていたので、自身の特長に気付かされたのは大きかったですね。

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