カタール・ワールドカップでのリオネル・メッシは、まるでコントロールタワーから試合を俯瞰しているように、いつどこで切るべきかを知っているメスで試合に介入していた。周囲には見たこともないような熱狂的な大衆が崇拝を示していたが、我々が目の当たりにしていたのは、歴史上最も冷静なロックンロールスターだった。

　メッシの知性は、試合に最後の一口を見舞うチャンスを待ち伏せるための平穏をチームにもたらした。僅か数秒、数センチが勝負を分ける攻防は感動的だったが、ピッチ上では戦術やパワーよりも、解き放たれた本能が優先される。

　奇妙なことを発明する独創的な知性を持ち合わせた選手は今なお生まれ続けている。もちろんその過程で、ピッチの各エリアには独自のルールがあり、妨害できない集団の法則があることを理解するためのアカデミックな学びも必要だ。

　しかし、そんな中でも、先天的なフットボールの支配者である子供たちには自由な空間を与えるべきだ。全ては彼らが自然に表現することを許容するためであり、それがひいては我々を驚かすプレーを見せることにも繋がる。これからの指導者に求められる課題だろう。
 

　フットボーラーを目ざす子供たちに必要なあらゆる学びを課しながら、システム化によって低俗化しないよう、最高級の才能を持った賢者候補生に自由な空間を保証する。

　この際限なく自由にプレーする喜びの枠は、以前はストリートによって保証されていた。路上では、人は遊びながら学ぶという最もシンプルな理由から、無意識に学習していた。ストリートの文化が衰退しつつある昨今、自由やプレーする喜びを指導メソッドに組み込むことが急務である。

文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳：下村正幸

【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ／1955年10月４日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79～84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を２度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、２度のW杯（82年と86年）に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。

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