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怪我の予防からポテンシャルの最大化へ。スポーツテック企業が見据える未来と課題【日本サッカー・マイノリティリポート】

カテゴリ:Jリーグ

手嶋真彦

2023年05月18日

君たちは本気で勝ちたいのか――

15年ラグビーW杯で世紀の大番狂わせをやってのけた選手たち。極限を追求して掴んだ快挙だった。(C)Getty Images

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 2015年9月19日。日本時間の深夜に始まった南アフリカ戦のTV中継は、ジャパンの大健闘を伝えていた。先制し、逆転され、逆転し、また逆転される。ダブルタックルやリロードといった徹底して突き詰めた戦術を、日本代表は愚直に遂行できている。それもこれも反吐(へど)が出るほど高強度の合宿を、嫌になるほど繰り返してきた賜物だ。

 10-12と2点のビハインドでハーフタイムを迎えた瞬間、スポーツバーの橋口は大きく息をつき、一緒に観戦していた仲間たちと興奮を分かち合う。あの南アフリカと互角に渡り合っている。凄いことが起きている。もうひとりの共同創業者である宮田誠も、うんうんと頷いている。

 2008年に橋口が宮田と共同でユーフォリアを設立したのは、大きな志を持っていたからだ。世の中のために、未来のために、良いものを生み出したい。具体的なプロダクトやサービスはまだなく、種火だけがメラメラと燃えていた。

 社会に大きなインパクトをもたらせる何かを、どうすれば生み出せるのか。橋口は「何をやるか」ではなく「誰とやるか」で、インパクトの大きさが変わるのではないかと考えていた。最も大事なのは大志を分かち合える、逆境に立たされた時には躊躇なくお互いに背中を預け合える仲間ではないか。

 宮田との邂逅(かいこう)は2005年。俺たちは何のために生きているのか。譲れない大切な価値観は何か。これからの人生をどう生きていきたいか。魂をぶつけ合い、確かめ合うような時間を重ね、ふたりで事業を起こしたのが2008年のことだった。

 ユーフォリアはラグビー日本代表と出会った創業4年目に、スポーツとテクノロジーを掛け合わせるスポーツテック企業としての第一歩を踏み出し、怪我のリスクを見極めるためのソフトウェアの開発が進むにつれて「何をやるか」が定められていく。「良いもの」へとふたりを導いてくれた日本代表が、W杯の大舞台であのボクスを苦しめている。

 真価を問われる後半が始まった。不安は最後の20分。岩のような大男たちと激しくぶつかり合うダメージの蓄積で疲弊してしまえば、相手の思うつぼにはまる。試合が終わるまで当たり負けせず、走り抜けるか。極限を追求するためのソフトウェアは、はたして役に立てたのか――。

 決戦はいよいよクライマックスを迎える。スコアは29-32で日本の3点ビハインド。しかしほぼ正面からのペナルティキックを選択すれば、間違いなく決まる。あの南アフリカと確実に引き分けられる。
 
「ショットだ! ショット!」

 引き分けでも十分凄い。そう思いながら橋口が反射的に叫んだその時、同じ叫び声をエディーさんも上げていたと知ったのは試合後のことだ。エディー・ジョーンズ。並外れた強度のトレーニングを、並外れた期間に渡って繰り返させた日本代表のヘッドコーチだ。

 ボクスを倒せという例の合言葉は、部外者から多くの失笑を買っていた。そんなことが可能なはずはない。しかし、日本代表のヘッドコーチは本気だった。2013年7月13日の大演説を橋口は間近で聞いている。場所は大阪だった。

 日本ラグビー界のトップコーチ90名ほどが、エディー・ジョーンズの話を聞いていた。サッカーであれば、S級ライセンスを持つ著名な監督たちの集まりだ。登壇したエディー・ジョーンズは怒っていた。

 君たちは本気で勝ちたいのか。本気で勝ちたいなら、変わらなければいけない。世界とのギャップは、どんどん大きくなっている。今、変わらなければ、20年後、日本のラグビーは死んでいる。

 会場の最前列に腰掛けていた橋口は、慌ててペンを走らせる。今では想像もつかないが、当時は日本のラグビー界でストレングス&コンディショニングに本腰を入れているチームは少なかった。みんなで意識を合わせて、フィジカルのスタンダードを上げていかない限り、未来はない。

 そう訴えるエディーさんの目は潤み、声は時々かすれ、震えもしていた。40分ほど続いた独演会が終わり、橋口はホテルの自室に戻ると、自分の殴り書きを忘れないように清書した。

 今、読み返してみても、魂が震えるような言葉が並んでいる。橋口が共同創業者となったユーフォリアの企業としてのあり方にも、強い影響を及ぼした出来事だ。高い目標を設定し、どれだけ笑われようと、そこへ向かって突き進む。エディーさんが変えようとしていたのは、日本ラグビー界の、あるいは単純に日本の「常識」だった。

 南アフリカとの死闘が幕切れを迎えようとしている。究極の選択を迫られた日本の選手たちが迷わずに選んだのは、大きなリスクを取るほうの道。敵陣深くでスクラムを組み、トライを狙う。

 トライが決まれば、常識を覆すジャパンの取り組みを完成させる画竜点睛(がりょうてんせい)となる。しかし、ターンオーバーを許した瞬間に試合は終わり、例の合言葉も砕け散る。

 最後の数十秒は、スローモーションの夢を見ているようだった。NHKのアナウンサーが「行けえ! 行けえ!」と絶叫し、日本代表が左奥に逆転のトライを決めた時、橋口は人目も憚らず、泣いていた。

 あそこまで無防備に我を忘れて、滂沱(ぼうだ)の涙を流したことがあっただろうか。宮田も泣いている。エディージャパンのこの快挙は、極限を追求するために極限を予見するソフトウェアを開発した彼らの歴史的勝利でもあったのだ。
 
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