【“天才”回顧録】まさに無双だった玉乃淳。「世界で一番、上手いと思っていた」

カテゴリ:Jリーグ

広島由寛(サッカーダイジェスト)

2020年07月01日

本来はトップ下だがスイーパーでテストを受ける

小4からヴェルディの下部組織でプレー。圧倒的な練習量でライバルたちに差をつけた。(C)J.LEAGUE PHOTOS

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 6月25日発売のサッカーダイジェスト本誌で、『真のジーニアスは誰だ? 2020年度版 天才番付』という特集を組んだ。その関連企画として、かつて天才と呼ばれた男たちにもスポットをあて、そのキャリアを振り返ってもらった。

 ここでは、10代からその才能を高く評価された“元祖・神童”玉乃淳の蹴球ストーリーをお届けする。

 ヴェルディの下部組織で育ち、ユース時代にはスペインのアトレチコ・マドリーに移籍。帰国後は東京V、徳島、横浜FC、草津(現・群馬)でプレーし、25歳で現役を退く。引退後はカナダへの留学を経て解説者として活躍し、平行してセカンドキャリアの支援活動や会社経営に携わり、経営コンサルティング会社に勤務したのち、2017年から博報堂DYメディアパートナーズでスポーツビジネスに従事。そして昨年末、35歳という若さで、J2アルビレックス新潟のGMに就任する。

 現在は新潟の要職に就く男は、プレーヤーとしてサッカーとどう向き合ってきたのか。無我夢中でボールを蹴り続けた少年時代、そして深い愛情が憎悪に変わってしまった苦悩の日々とは――。

――◆――◆――

「いつからだろう。でも小学校2年生ぐらいには、周りよりも上手い子だったと思います」

 サッカーを始めて間もなく、玉乃少年は他の子どもたちより、頭ひとつ抜けた存在だったという。同学年と一緒にプレーしていても物足りなさを感じて、「2年生だけど、顔見知りでもなんでもない4年生のグループに自ら乗り込んで、サッカーしていましたね」。もっと上のレベルでもできる――自分の実力に自信があったというより、「なんか楽しかったから」というシンプルな理由で、上級生に交じってボールを蹴った。
 
 小学4年生になると、東京Vのジュニアチームのテストを受けた。Jリーグの人気クラブの下部組織に是が非でも入りたかったわけではない。「テストを受けると、ヴェルディのキャップをもらえたんですよ。それが欲しくて(笑)」。当時の服装は「赤い熊さんかなんかのトレーナーを着て、ソックスも普通の靴下」で、気合いが入っているようには見えなかった。

 その恰好が逆に目立ったからではないだろうが、玉乃少年は見事テストに合格。「1000人くらい受けたのかな。合格したのは僕ともうひとりだけ」という狭き門を突破してみせた。

「本当はトップ下なんですけど、テストの時のゲームではスイーパーをやりました。得点したやつが当然、評価されると思ったから、じゃあ自分は守って、絶対にゴールさせない、他のやつを目立たせない、と(笑)。なによりも試合に負けるのが嫌だった。すごく負けず嫌いだったんですよ。失点しなければ、負けはない。だからスイーパーで構えて、ことごとく相手からボールを奪って、そのままドリブルで持ち上がる。そんな感じでした」

 もちろん、元々の素材も良かったのだろう。他と比べて、なぜ秀でることができたのか。大人になった玉乃は「練習量が圧倒的に多かった」と分析する。

「サッカーが好きすぎて、家の中でもずっとボールに触っていたし、小学校の休み時間も当然、サッカーをしていましたよね」
 

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