ここ2シーズンCLで敗れた試合はすべて欠場
ピッチ上で超一流のアクターぶりを披露する一方で、『Amazon』で配信されているドキュメンタリー映画では、演技に関して向上の余地があることを伺わせているセルヒオ・ラモス。その映像からは主人公と最も身近な人間のプライベートを垣間見ることができるが、このエピソードもまた彼が現在のフットボールシーンにおいて屈指のメディアスターであることの証明に他ならない。
彼の規格外のスケールを示すのが、長年にわたってトップシーンを走り続けることだけに飽き足らず、テクニック、フィジカル、リーダーシップ、得点力、イエローカードの枚数、あらゆる面において進化を止めない点だ。12日にアウェーで行われたノルウェー戦で代表通算168キャップをマークし、イケル・カシージャスが保持していたスペイン代表の歴代最多記録を更新するなど、話題にも事欠かない。
S・ラモスはその存在だけでチームメイトに安心感を与えられる稀有な選手だ。試合前、ピッチに向かう通路で、選手たちはカピタンの姿を見ると「恐れることは何もない」と勇気づけられるのだ。
昨シーズンのCSKAモスクワとの2試合、アヤックスとのセカンドレグ、そして今シーズンのパリ・サンジェルマン戦とマドリーが過去2シーズン、チャンピオンズ・リーグ(CL)で敗れた試合でいずれもS・ラモスが欠場したことは決して偶然ではない。こうした抗不安薬のような効能は、飛び抜けた能力を持った者だけがもたらしうることができるメリットなのだ。
彼の規格外のスケールを示すのが、長年にわたってトップシーンを走り続けることだけに飽き足らず、テクニック、フィジカル、リーダーシップ、得点力、イエローカードの枚数、あらゆる面において進化を止めない点だ。12日にアウェーで行われたノルウェー戦で代表通算168キャップをマークし、イケル・カシージャスが保持していたスペイン代表の歴代最多記録を更新するなど、話題にも事欠かない。
S・ラモスはその存在だけでチームメイトに安心感を与えられる稀有な選手だ。試合前、ピッチに向かう通路で、選手たちはカピタンの姿を見ると「恐れることは何もない」と勇気づけられるのだ。
昨シーズンのCSKAモスクワとの2試合、アヤックスとのセカンドレグ、そして今シーズンのパリ・サンジェルマン戦とマドリーが過去2シーズン、チャンピオンズ・リーグ(CL)で敗れた試合でいずれもS・ラモスが欠場したことは決して偶然ではない。こうした抗不安薬のような効能は、飛び抜けた能力を持った者だけがもたらしうることができるメリットなのだ。
そんなS・ラモスが得意にしているプレーの一つが、PKでのチップキック、パネンカだ。そしてこの技を習得し、実践するためには、洗練されたテクニック、大舞台に動じない強心臓、自らの能力を誇示したいという強烈な自負心の3つの要素を高次元で兼ね備えていなければならない。
とりわけこのスペイン代表DFの場合は、3番目の自負心が占める割合が多く、仮に前回の試みで失敗したとしても、あるいは相手GKに心理戦を仕掛けられてもまるでお構いなし。スタジアム中、いや世界中のファンがその動きを注視し、ある者は成功することを、ある者は失敗することを願う。
普通の人間なら重圧に屈してしまいそうな場面でも、そうした周囲の注目を一身に集めることを自らのエネルギー、いや喜びに変えてしまう。だからこそ試合の重要性の如何を問わず、最もリスキーで、最も相手を小バカにした方法を選択し、自分は恐怖とは無縁の人間であることを証明したがるのだ。
しかも周囲の人間はことあるごとに「もうリピートすることはないだろう」と高を括るが、彼は次の機会に再びパネンカを選択する。そしてファンはCBという本来はミスを最小限に抑え、周囲に安心感を与える役割を担うポジションの選手がこの難易度が高く、大胆極まりないプレーを好んでやり続けることに得も言われぬエクスタシーを感じるのだ。
とりわけこのスペイン代表DFの場合は、3番目の自負心が占める割合が多く、仮に前回の試みで失敗したとしても、あるいは相手GKに心理戦を仕掛けられてもまるでお構いなし。スタジアム中、いや世界中のファンがその動きを注視し、ある者は成功することを、ある者は失敗することを願う。
普通の人間なら重圧に屈してしまいそうな場面でも、そうした周囲の注目を一身に集めることを自らのエネルギー、いや喜びに変えてしまう。だからこそ試合の重要性の如何を問わず、最もリスキーで、最も相手を小バカにした方法を選択し、自分は恐怖とは無縁の人間であることを証明したがるのだ。
しかも周囲の人間はことあるごとに「もうリピートすることはないだろう」と高を括るが、彼は次の機会に再びパネンカを選択する。そしてファンはCBという本来はミスを最小限に抑え、周囲に安心感を与える役割を担うポジションの選手がこの難易度が高く、大胆極まりないプレーを好んでやり続けることに得も言われぬエクスタシーを感じるのだ。