僕とマラドーナ――昔も今も“模範的な英雄”への想い【南米サッカー秘蔵写真コラム】

カテゴリ:ワールド

ハビエル・ガルシア・マルティーノ

2019年09月23日

撮影を申し込むと思わぬ言葉が…

ボカのユニホームを身に纏うマラドーナの貴重な一枚。私生活での破天荒ぶりとは対照的に、ピッチでは紳士的な一面も。 (C) Javier Garcia MARTINO

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「僕とマラドーナ」――こんなタイトルをつけたら、まるでマラドーナと旧知の間柄なのかと思われるかもしれないが、決してそういう意味ではない。ここでは、1995年11月に撮影したこの写真と一緒に、僕がマラドーナと接したいくつかの忘れ難い瞬間についてお話しよう。

 初めてマラドーナと言葉を交わしたのは94年、彼がマンディジューという今はなき地方クラブの監督をしていた時だ。宿泊先のホテルの入口でチームバスが着くのを待ち、近影の撮影をお願いしなければいけなかった。

 それまでこのスーパースターと直接話したことなど一度もなかったから、待っている間はかなり緊張した。気分屋だと聞いていたし、あっさり断られるかもしれないという覚悟もしていた。しかも、ホテルの入口は大勢のメディア関係者とファンでごった返していて、とてもじゃないが、どこの誰かもわからないフォトグラファーのリクエストなんて聞いてもらえそうにない状況だった。

 やがてチームバスが到着し、マラドーナ監督が降りて来た。揉みくちゃになりながらなんとかして近づき、丁重に撮影を申し込むと、彼はこう言った。

 「今は疲れた顔をしているから、ここでは撮らないでくれ。食事のあとで撮ろう」

 他のフォトグラファーたちがお構いなくシャッターを切り続けるなか、僕は引き下がり、言われた通り待つことにした。1時間半ほど待っただろうか。2階にあった食堂に続く螺旋階段からマラドーナがゆっくり降りて来て、僕を見かけるや指をさし、「写真を撮ろう」と声をかけてくれた。

 あの時から僕は、「マラドーナは自分を尊重する人や物事に対しては真摯に対応する」という印象を抱き続けている。それはその後、アルゼンチン代表監督になった時も変わらなかった。2010年の南アフリカ・ワールドカップの前にチームのオフィシャル写真を撮った際も、彼はとても協力的で、時間がかかる個別の撮影にも根気よく、快く応じてくれた。

 上の写真は、マラドーナがマンディジューとラシンで監督を務めた後、ニューウェルスで現役復帰を果たしてからボカ・ジュニオルスに移籍し、リーベルプレートとの試合でスタンドのサポーターたちに挨拶をした時に撮った1枚だ。

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