危険なイメージがつきまとうアルゼンチンのカンチャ（サッカー場）だが、サポーターの中には小さな子どもを連れた家族がたくさんいる。サッカー大国の例に漏れず、アルゼンチンでもクラブ愛は親から子に代々引き継がれていくケースが多く、子どもたちは幼い頃からカンチャでしか味わえない独特の雰囲気を体感しながら育っていくのだ。

「そんな危ない場所によく子どもを連れて行けるね」と驚く人もいるが、私のようなフォトグラファーを含め、いつもカンチャに足を運ぶ人々は、いつ、どこを通って行けば良いかを心得ている。

　行きも、帰りも、タイミングと通るべき場所さえわかっていれば、危険は回避できる。一旦スタンドに陣取ってからの過ごし方も同じで、親の手に引かれてサッカーを観に行く子どもたちは、そういったノウハウを自然に学んでいくものである。

　それでもやっぱりゴール裏の迫力ある光景を見ると、大勢の男たちに混じって観戦する子どもたちがいることに驚くのは当然だろう。とくに、得点が決まる度に熱狂するサポーターたちが一斉に駆け下りてくる「avalancha（雪崩）」を見たら、小さな子どもたちが巻き込まれて大怪我を負うのではないかと誰もが心配するに違いない。

　でも、大丈夫。子どもたちは写真のように、上着を金網に縛り付けて作る「簡易ハンモック」に座って雪崩から身を守る。しかも、高い位置から余裕でピッチの様子を見ることもできるから一石二鳥。

　後方のサポーターたちは、金網にぶら下がる子どもたちが視界を妨げていても文句ひとつ言わない。こういうところに、子どもに優しいアルゼンチン人の国民性が表われていると言っていい。

　もちろん、ゴール裏にいる子どもたち全員が金網にぶら下がっているわけではなくて、中には大人と一緒に立見ゾーンで立ったまま観戦している子もいる。そんな子たちは大抵、スタンドのところどころに設置されている「paravalancha（雪崩止めのための鉄柵）」の後ろに陣取り、サポーターたちが駆け下りてきてもその流れに巻き込まれないように守られている。

　とは言っても、雪崩の勢いは、大人でさえ途中で足をつまずかせて転んでしまうこともあるくらい激しい。立ち見ゾーンで大人と一緒に観戦する年頃になった子どもたちは、ピッチの中でプレーする選手たちと同じような“インテンシティー”を体験しながらたくましく育っていくのだ。
 

　逞しさでは、簡易ハンモックに座る小さな子どもたちも決して負けてはいない。

　写真を見ればわかる通り、身体全体をすっぽり包み込んでいるわけではないので、金網をしっかりつかんでいなければひっくり返ってしまう。子どもたちは90分間、金網にしがみついたまま、大人たちと一緒になって大声で応援歌を歌う。

　時々、サポーターが今まで聞いたことのない新しい歌を披露することがあって、私はその度に簡易ハンモックの子どもたちを見るのだが、彼らもその新しいレパートリーをしっかり歌っているものだから、大したものだと感心させられる。

　先日、ボンボネーラ（ボカ・ジュニオルスの本拠地）で、ひとりの少年から金網越しに呼び止められた。おそらく12歳くらいと思われるその少年が私に「僕のこと覚えてる？」と聞くので、誰かと問うと、「昔、金網にぶら下がっていたところを写真に撮ってくれただろう」と言った。そう、彼は、この写真に写っている男の子だったのだ。

　簡易ハンモックはとっくの昔に卒業し、今は父と一緒に立ち見ゾーンで背伸びをしながら観戦しているらしい。「ついこの間まで上着を縛り付けてハンモックを作ってやっていたというのに、今じゃ、一緒に雪崩で駆け下りるようになってね」と誇らしげに語る父親が微笑ましかった。

文●ハビエル・ガルシア・マルティーノ　text by Javier Garcia MARTINO
訳●チヅル・デ・ガルシア　translation by Chizuru de GARCIA