プレミア対決を喜んでいるわけでもない
世界のほとんどの国では、同胞が成功を収めれば、幸せを感じるものだ。
だが、イングランドにおいてその定義は当てはまらない。同郷であろうとも他人の成功は面白くない。最もその定義が適用されるのが、フットボールだ。
今年のプレミアリーグは、リバプールとマンチェスター・シティの一騎打ちだった。だが、フットボールファンの間では後者の優勝を願っている人たちが多かった。熱望しているというほどではなかったが、それよりも「リバプールに優勝してほしくない」と感じる人々のほうが大多数を占めていたのだ。
今シーズンのリバプールはとても調子が良く、もしも、ひとつもタイトルを手にできないとなれば非常に悔やまれる結果となるだろう(シティがあれほど傑出した存在でなければ、とっくにリーグを制覇していただろうが…)。
現時点で、英国内での決勝に対するスタンスは、フットボールファンの間で見事に分かれている。
北部のファンたちはリバプールに近いものの、戴冠を望まない彼らはトッテナムを応援している。かたや南部のファンは、トッテナムの本拠地ロンドンが近いものの、彼らを嫌って、リバプールを後押ししている。ただ、こうした矛盾を包括してこそ、イングランドであると言えるだろう。
だが、イングランドにおいてその定義は当てはまらない。同郷であろうとも他人の成功は面白くない。最もその定義が適用されるのが、フットボールだ。
今年のプレミアリーグは、リバプールとマンチェスター・シティの一騎打ちだった。だが、フットボールファンの間では後者の優勝を願っている人たちが多かった。熱望しているというほどではなかったが、それよりも「リバプールに優勝してほしくない」と感じる人々のほうが大多数を占めていたのだ。
今シーズンのリバプールはとても調子が良く、もしも、ひとつもタイトルを手にできないとなれば非常に悔やまれる結果となるだろう(シティがあれほど傑出した存在でなければ、とっくにリーグを制覇していただろうが…)。
現時点で、英国内での決勝に対するスタンスは、フットボールファンの間で見事に分かれている。
北部のファンたちはリバプールに近いものの、戴冠を望まない彼らはトッテナムを応援している。かたや南部のファンは、トッテナムの本拠地ロンドンが近いものの、彼らを嫌って、リバプールを後押ししている。ただ、こうした矛盾を包括してこそ、イングランドであると言えるだろう。
だが、その気風はチャンピオンズ・リーグ(CL)にも適用された。リバプールの優勝よりも、トッテナムの初制覇を望む人たちが多いのだ。
それはなぜか? ファンの間に流れるこのネガティブな感情が、すべて向けられているとは思わないが、リバプール・ファンとフットボールの文化には因縁がある。
往々にして、リバプールのサポーターは、自チームの能力に対して傲慢になる一面がある。このことを簡単に飲み込むことのできる、分かりやすい例を紹介しよう。
1970年代から1980年の初頭にかけて、リバプールは並外れたパワーで他を圧倒していた。サポーターは“今でも”得意げにこの時のことを誇り、語り継いでは、他クラブを愛する者たちからひんしゅくを買うことが少なくないのだ。