佐藤寿人――偉大なストライカーが歩んだ道と愛される理由

カテゴリ:Jリーグ

中野和也

2016年12月02日

「風の申し子」は、サポーターの心を揺さぶった。

佐藤は仙台や広島で、ひとりのサッカー選手以上の存在となった感があった。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

画像を見る

 仙台でも、そして広島でも、佐藤寿人は愛された。
 確かに、チームで誰よりも点をとるストライカーは、そのクラブの人気の的となる。アイドルになる。だが、仙台や広島にとっての寿人は、やや趣が違う。ひとりのサッカー選手以上の存在となった感があった。その理由は、彼が歩いてきた道を辿れば、想像できる。
 
 彼は決して、順風満帆とはいえないサッカー人生を送っていた。U-16日本代表としてU-17世界選手権(現U-17ワールドカップ)のアジア予選に臨み、4試合連続得点を記録するもグループステージ敗退。ジュニアユースから育ててくれたジェフ市原(現千葉)でプロに昇格しても出場機会が得られず、3年目からは当時J2で戦っていたC大阪に期限付き移籍。しかしシーズン当初に体調を崩してアピールできなかったことが尾を引き、メンバーにも入れない。J2で13試合出場2得点。
 
 「このままでは、ジェフに帰っても難しい」
 
 彼がそう考えたのも、当然のことだ。だが、天皇杯で2得点をあげ、シーズン最後に存在感を示した寿人に、仙台からの期限付き移籍のオファーが舞い込んだ。
 
 佐藤寿人の本当の歴史は、ここから始まったといっていい。
 高校時代に知り合い、大阪にも一緒についてきてくれた奈央さんと結婚した寿人は、自分の人生をかけて仙台へと旅立った。
 
「もし、ここで結果を残さなければ、僕はもうサッカー選手として終わってしまう。僕には、守るべき人がいるんだ」
 
 21歳での決意は覚悟となった。
 
 仙台での彼の活躍は、数字を超えるインパクトを与えた。2003年、19戦勝ちなしと沈滞ムードに包まれていた仙台に勝利を呼び込んだG大阪戦でのゴール。京都との残留直接対決を制した2得点。「風の申し子」という彼の異名どおりの猛烈な瞬間スピードと深い思考に裏打ちされた駆け引きで裏をとり、相手DFを恐怖のどん底に陥れた11番の躍動は、サポーターの心を揺さぶった。
 
 最終節の大分で勝利することができず、チームは降格。だがこの時、悲嘆にくれるサポーターの前で、寿人は深々とおじきをした後、胸のエンブレムをギュッと握った。それは、「来季もこのチームに残り、J1に戻して見せる」という意欲の表れだった。

Facebookでコメント

サッカーダイジェストの最新号

  • ワールドサッカーダイジェスト WSD責任編集
    5月13日発売
    決定版が完成!!
    EURO2020
    展望&ガイド
    出場24か国選手名鑑
    詳細はこちら

  • 週刊サッカーダイジェスト 6月24日号
    6月10日発売
    サッカーの真理地球へ
    「天才」を極める
    小野伸二×中村憲剛対談ほか
    充実の総力特集!
    詳細はこちら

  • ワールドサッカーダイジェスト ワールドサッカーダイジェスト
    6月17日発売
    SUMMER TRANSFER 2021
    メガクラブの
    「全補強リスト」
    トップターゲットはだれ?
    詳細はこちら

  • 高校サッカーダイジェスト 高校サッカーダイジェストVol.32
    1月15日発売
    第99回高校選手権
    決戦速報号
    山梨学院が11年ぶりV
    全47試合を総力レポート!
    詳細はこちら

>>広告掲載のお問合せ

ページトップへ