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【師弟スペシャル対談2】関塚隆×中村憲剛。監督をやるなら“組閣”も大事?「指揮官はひとりじゃできない」

カテゴリ:Jリーグ

本田健介(サッカーダイジェスト)

2024年08月29日

「その話、初めて聞きました」(中村)

川崎では関塚監督の下で中村はボランチとして躍動。指揮官の考えをピッチで体現した。(C)J.LEAGUE

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 かつて川崎の監督を務めた関塚隆と、その川崎のバンディエラとなった中村憲剛。師弟関係を築いてから20年、今年、中村がプロのチームを率いることができるS級ライセンスを正式に取得。一方、関塚は現在、J3の福島のテクニカルダイレクターとして、地元に活力を与えようと奮闘中。8月31日(土)の北九州戦(18時キックオフ)ではホーム・とうほう・みんなのスタジアムに5000人を集めようとキャンペーンも展開している(https://fufc.jp/lp/2024/0831/)。
 ともに指導者となっての初の対談。パート2は大関友翔のサプライズ登場から本題に戻り...。
 
――◆――◆――
 
――さて、では話題を戻しましょう。ケンゴさんのコンバートの話でしたね。
 
中村 僕がもし監督をさせてもらった時に1年目から選手個々の細かい部分まで見る余裕があるのかと。そこはセキさんに聞いてみたかったんです。自分だったらそんな余裕があるかなと。
 
関塚 でも一番は個々のストロングを活かすことだから。ケンゴはスペース見つけて出ていく力や決定力もあったけど、何より印象に残っているのは、あのインサイドパス。正確に30メートルぐらいのパスを出せた。これは、使わない手はないなっていうところで、能力を考えても、じゃあボランチに置いてみようかと。ゲームの流れも読めるし、縦にパスを差し込むこともできたから。ボランチは多くの選手がいたけど、どんな化学反応が起こるのか、楽しみだったよね。
 
中村 それこそ、当時のボランチにはオニさん(鬼木達)、山根巌さん、ベティ(久野智昭)さん、相馬(直樹)さんら経験豊富な方がいましたから。ただシャドー(トップ下)は新加入のマルクスがいた。新潟からマルクスを獲ったのはセキさんのオーダーだったんですか?
 
関塚 そうだね。就任した当時、鹿島で前年の年末まで天皇杯を戦っていて、あまり準備期間もなく、編成もほぼ終わっていたんだけど、3人獲得したい選手がいれば伝えてほしいと言ってもらえて。それで相馬(直樹)とマルクスのふたりをリクエストさせてもらった形だったね。全体の戦力を見た時にそのふたりが必要だなと。
 
中村 それは初めて聞きました。その決断はめちゃくちゃ大事でしたね。結果的にJ1昇格へマルクスも活躍しましたからね。
 
関塚 マルクスは新潟ではストライカーという印象だったけど、アシストや自分が受けて前の選手を使うプレーなどをやってくれたからね。
 
中村 僕はマルクスが加入したせいでボランチにコンバートされたのかと思っていました(笑)。
 
関塚 でもトップ下には今野(章)もいたからね。
 
中村 確かにキンちゃん(今野)、マルクス、そしてジュニーニョも。トップ下もタレントが揃っていました。
 
関塚 そしてジュニーニョと黒津(勝)が2トップを組むことが多くてね。
 
中村 前線には我那覇(話樹)もいましたから。
 
関塚 俺はひとつのポジションにふたりくらい並べ、競争してもらう形を基本に考えていたから、ケンゴが面白い選手だとは分かっていたけど、置くならもうひとつ後ろかなと。パスを出せるプレーヤーとしてね。でも当時(2004年)の川崎はJ2で、ミッドウィークに試合がほぼなかったから、トレーニングをして試合に臨み、試合を振り返ってまたトレーニング、という良いサイクルが組めたよね。そうやって監督1年目でしっかりチーム作りをできたのは大きかった。J1だとそうはいかず、鹿島でコーチをやっている時もミッドウィークにほとんど試合が入っていたからね。そうなると、監督としてアプローチの仕方も変わってくる。だからこそ、トレーニングの時間をしっかり確保でき、みんなが成長しながらチーム力を上げていけたのは本当に良かった。それで1年目でJ2優勝、J1昇格を勝ち取れたわけだし、2005、2006年を合わせた最初の3年で選手と向き合える時間が、長く取れたのは財産だったね。
 
中村 当時はチームとしてしっかり積み上げができている実感がありましたもんね。試合から課題を抽出し、落とし込み、再び試合を迎える、みたいなルーティンがあった。それと先ほどのセキさんからの質問に対する答えがもうひとつありました。セキさんって知的じゃないですか?
 
関塚 それはありがとうございます。
 
中村 だからもっと穏やかな人だと思っていたんです。でも試合が始まったらいきなりパンと弾けて、ガツっと指示を出す形で。それは結構ビビりました(苦笑)。本当に熱く、負けず嫌いで。当初はそういうイメージではなかったので、最初のトレーニングマッチなどではみんなが「え!?」となりました。
 
関塚 それは、当時のチームや選手たちが大人しかったからさ。
 
中村 選手たちは構えていた部分はあったんですよ。
 
関塚 ただ、鹿島の選手だったら、監督がそういう風にしなくても気持ちを出して戦っていたんじゃないかなと。でも、川崎はみんな大人しくて。それこそ、言葉があれだけど、本当に勝つ気あるの?、と。前年に、勝点1差で昇格を逃していたから、今年こそはっていう熱量がどれぐらいあるのかと思っていたら...。監督が変わって俺の様子を窺っているのは分かっていたけど、どっかでスイッチを入れなきゃと考えていたからね。
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――監督として演じている部分もあったということですね。
 
関塚 やっぱり「今年はJ1に上がるんだぞ」っていう気合いをね。それを練習試合からこんなに強調するのかって、選手たちは思っていたんじゃないかな。
 
中村 ちょっと怖い部分はありました(笑)。
 
関塚 大学生と試合をやった時も、絶対に負けるなって、そこは言っていたからね。
 
中村 チームとして自信がなかったっていうのもあるんですよね。セキさんは鹿島から来たから、タイトルの経験もあって、その道筋も分かっていたはず。だけど当時の川崎はまだJ2で、先ほどセキさんが言ったように、前年に勝点1差で昇格を逃す惜しいところまでいったとはいえ、まだ何も成し遂げていない選手が多かった。オニさん(鬼木達/現・川崎監督)も恐らく最初にレンタルで鹿島から川崎に来た時にびっくりしたんじゃないですかね。そういうコメントをどっかで見たことがありました。川崎は基本的に大人しいんです。だけどセキさんの熱量に触れて、どんどん活気づいていった。それとセキさんはめちゃくちゃ細かかった。前任のイシさんも細かかったですが、セキさんがより細かかったんです。なんで勝点を逃したのか、その理由をキッチリ潰し切るというような。一方で、良いところはしっかり残し、ちゃんと前年とのバランスを見て、“関塚フロンターレ”の形になっていきました。
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