【Jリーグ】ブンデスリーガ1部から都落ち? ”24歳のルーキー”長澤がJ2を新天地に選んだ理由

カテゴリ:Jリーグ

遠藤孝輔

2015年12月21日

3年目の思わぬ不遇が、Jリーグへの移籍を決断させた。

2シーズン目まではレギュラーを確保していたが、3年目の今季に思わぬ危機が待っていた。 (C)Getty Images

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 2013年12月にトライアルを経て、当時ブンデスリーガ2部のケルンに入団した長澤和輝。専修大学時代に横浜の強化指定選手となっていたものの、Jリーグでの経験を積まずにドイツの古豪とプロ契約を締結し、小さくない注目を集めた。
 
 あれから2年――。今月16日に24歳の誕生日を迎えた長澤が、ひとつの大きな決断をした。今冬の移籍市場での浦和への完全移籍および、2016シーズンの千葉への期限付き移籍だ。本人は浦和の公式HPを通して、こうコメントしている。
 
「環境を変えて新たなチャレンジをすることが、今の自分にとって必要ではないかと考え、今回の移籍を決断しました。千葉で自分自身を磨き、心身ともに成長して浦和レッズの熱いサポーターの皆さんの前でプレーできる日を楽しみにしています」
 
 ケルンと18年6月までの契約を残していた長澤は今シーズン、大きな危機に直面していた。公式戦の出場は国内リーグとDFBカップのそれぞれ1試合ずつ。ベンチ入りさえままならないケースが相次ぎ、トップチームの選手たちが調整の場として活用できるケルンⅡ(4部リーグに所属するU-21主体のセカンドチーム)での出場もわずか1試合と、いわば構想外に近い状態に陥っていたのだ。
 
 多くのファンが疑問に感じていたのは、その“干され具合”だ。2部のカイザースラウテルンにレンタル移籍という噂が浮上した今夏の時点では、イェルク・シュマットケSDが「和輝は構想にしっかり入っている」と公言していたのだから。しかし、蓋を開けてみると、長澤を待ち受けていたのは前述した厳しい日々だった。
 
 不遇をかこった理由を掘り下げる前に、長澤のケルンでの足跡を改めて振り返ってみたい。滑り出しは悪くなかった。シーズン途中の加入というハンデを背負っていた1年目は、入団早々に2列目右サイドのレギュラーに定着し、チームのトップリーグ昇格に貢献。2年目は膝の怪我や感染症に泣かされ、ブンデスリーガ出場は全日程の半分にも満たなかったが、シーズン終盤には左サイドハーフの一番手に返り咲いた。
 
 その頃のパフォーマンスは上々だった。なかでも32節のシャルケ戦(15年5月10日)では、攻守の両局面で大きな存在感を発揮した。2トップの一角を務めた大迫勇也と連動性の高いプレスを見せれば、優れた状況判断力を活かしながら好パスを連発。34分には味方の先制点に繋がるシュートも放っており、70分にピッチを退く際、本拠地ラインエネルギーシュタディオンに詰めかけた大観衆から喝采を浴びていた。試合後のミックスゾーンに現われた本人の声は明るく、大きな手応えを掴んだ様子だった。
 

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