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【G大阪】宇佐美も痛感した「万博の力」。熱狂のスタジアムはいつ、どのようにして作られたのか――

カテゴリ:Jリーグ

高村美砂

2015年12月27日

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宮本恒靖が心に刻む2000年第2ステージ14節・鹿島戦の光景。

万博でのラストマッチで、生まれたばかりの娘に捧げる公式戦3か月ぶりのゴールを決めた宇佐美。これも万博の特別な力が後押ししてくれたおかげだろうか。(C) J.LEAGUE PHOTOS

「万博が最後、僕らの背中を押してくれたのかも知れない」
 
 宇佐美貴史からそんな言葉を聞いたのは、J1リーグの第2ステージ最終戦・山形戦後だ。いつになく流れの悪い前半を0-0で乗り切った後半、大森晃太郎の先制点で始まった『ガンバ劇場』は、わずか5分間で4得点という驚異のゴールラッシュ。チャンピオンシップ出場権を引き寄せた。
 
 その結果を受けての宇佐美の言葉だ。子どもの頃から愛してやまない万博記念競技場でのリーグ最終戦で、3ゴールをアシストする活躍を見せたエースは、今季限りでガンバのホームスタジアムとしての歴史に幕を閉じる『万博』に感謝の気持ちを表した。
 
 宇佐美の言葉にあるような『万博』の力を感じるようになったのは、いつのことだったか。もちろん、ガンバが万博をホームスタジアムとして使用し始めたJリーグ発足の頃は、Jリーグブームにも後押しを受けて大勢のファンが詰めかけ、スタジアムは熱狂に包まれた。
 
 その後、チームの結果が下降線を辿るのと並行して、観客数の減少が見られた時代も、スタンドには変わらず応援に駆けつけてくれるサポーターがいたし、彼らの声はどんな時も選手たちの背中を強く押した。
 
 だが、本当の意味で万博が『ホームスタジアム』としての威力を発揮するようになったのは、ガンバ大阪が優勝争いに絡みはじめた00年以降だったと記憶する。アカデミー時代から、万博の歴史をつぶさに見てきた宮本恒靖(現ジュニアユースコーチ)は、当時の記憶をこんな言葉で表現している。
 
「00年セカンドステージ14節の鹿島戦。首位攻防戦となったこの一戦でスタンドが満員になり、バックスタンドには初めて立ち見が出た。その光景に身震いしたというか。『強くなったらこんなにたくさんの人たちが観に来てくれるんだな』という思いと『強いチームであり続けなければいけない』という決意が芽生えたのを覚えている」

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