――いろんな人に相談したと言っていましたが、例えば？
 
　カズとコウジには、オファーを頂いてすぐ、話をしました。ふたりとはずっと一緒にやってきて隣で見てくれていたし、僕の葛藤や想いは分かってくれていたので。
 
　あと、僕の兄である勇人にも話しました。僕にとって千葉は今も特別なクラブであり、ずっと昇格を願っていた。千葉がＪ１に戻ってきて、そこで兄弟対決をするのが夢だった。ただ今回の決断をしたことで、時には千葉の昇格を妨げる存在になることも必要になってしまう。それが自分のなかでは難しいことですね。
 
　今回、ある方に言っていただいた言葉が、自分のなかで大きく心を動かしてくれました。人生の大先輩であるその方も、様々なところで決断を迫られていた。だからこそ、「やらなかった後悔は、すごく悔いの残るもので、後になってもどうにもできない。やった後での悔いは、自分がやったことの結果。自分で処理すればいい」という言葉が胸に刺さりました。同じような言葉を、他の人からも掛けていただいたんです。
 
　もし広島に残っていたら、来年が（現役）最後になるだろうと思っていました。ここから新たなクラブに行くことは自分でまったく予想していなかった。もし、新しいクラブで結果が出なければ「広島に残っていればよかったのに」と絶対に言われます。ここまできたら、良い結果を出すしかない。そういう不安もあるから、努力もできる。
 
　でも、淋しいです。もつともっと自分が力を発揮していれば、結果を出していければ、今季はこういう数字には、ならなかった。自分の力のなさを感じます。
 
　こんな状況なのに、名古屋というクラブに「やれる」という評価をしていただいた。「年齢ではない。まだまだゴールを奪えるというところを証明してもらいたい」と声を掛けてくれたのは、すごく嬉しかった。その期待に応えたいですね。
 
　名古屋は誰かを獲りに行って、獲れなかったから僕にオファーを出したわけではない。最初に僕にオファーを出してくれた。「ピッチの上で、ゴールを奪うことで、力になれる」と言ってくれた。選手としては、自分が必要とされる想いや熱意が、環境・お金以上に大事なことです。
 
　もちろん広島からも同じような言葉をいただきました。クラブも転換期にあるのは知っています。それでも「ピッチの上でもピッチ外でも、どういう状況であれクラブの力になってくれていた。それはこれからも変わらない」と言葉をくれた。過去に残してきた結果をすごく見てくれていた。それは選手にとってありがたかった。
 
　フロントの人たちは、今シーズンの僕の状況を一緒に苦しんでくれていた。でも世代交代などクラブとしての立場を考えると、これからの選手に期待する理由も分かる。でも、それとは別に、ひとりのサッカー人として、ひとりのアスリートとして、このまま広島に留まり、出場機会が少ないなかで引退していくことは、自分にとってどうなのか。そういう葛藤もあったし、フロントからその想いを聞けたことは本当にありがたかった。

　フロントは、何がなんでも広島に縛り付けて、抑えつけて、残っていろ。そんなやり方でなかった。広島に残って欲しい思いがありながら、選手としてのあり方も考えて、僕の決断を尊重してくれた。この話を進めないようにすることもできたはずなのにそういうことをせず、僕のこれまでやってきたことを尊重してくれた。
 
　僕が今回、広島に残らなかったことに対して、いろんな声を受け止めているのはフロントサイド。長くやってきた選手が出るのはどういうことなのか。営業サイドからみても影響はあるのかもしれない。だからこそ来季、自分がしっかりした結果を出して、この決断が良かったと言えるようにしたい。もっともっと良い結果を出せるようにしたいです。
 
――名古屋の楢崎選手との連絡は？
 
　もちろん、しました。実は昨日も会って、一緒に食事もして、いろいろな話をしました。ナラさんが40歳で、その次が僕の年代の35歳。「名古屋は環境が良過ぎて、下の世代のハングリー精神が薄くて、難しい」というようなことを言っていましたね。広島も環境は良いですが、それ以上に名古屋の環境は良い。でも、その環境の良さが、必ずしも良い方向に行くとは限らない。
 
　ナラさんは15～20歳くらい離れた選手と、そういう話をしなければいけなかった。僕がいることで、ナラさんの気持ちを伝えていければと思っています。
 
　広島の若手はギラギラしていて、接し甲斐がある。名古屋に行くと物足りなさを感じるかもしれないけれど、クラブとして良い方向に変わるべき時。そのひとつの手助けになれれば嬉しいですね。
 
取材・文：中野和也（紫熊倶楽部）