【黄金世代】第2回・遠藤保仁「152キャップの格別~すべては日の丸が教えてくれた」(♯4)

カテゴリ:特集

川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)

2017年06月05日

19歳のヤット青年は少し遠くを見つめ、さらっとペンを走らせた。

将来はプロチームの指揮官か、育成のスぺシャリストか、それとも多趣味なだけにまったく異なるフィールドで一旗揚げるか。まったく読めないが、どこでなにをやろうとも、ヤットはヤットなのだろう。写真:小倉直樹(サッカーダイジェスト写真部)

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 あれはたしか、遠藤がサンガに移籍してまもない頃だった。
 
 サンガの練習場は南京都の城陽にあり、わたしの実家がある枚方とは車で30分ほどの距離。彼と手島和希、辻本茂輝の黄金世代トリオをインタビューした流れで、3人に馳走しようとごう櫛はっきりしてるのは、どこで終わるのかが重要一路、割烹屋に向かった。わたしの両親が営む店だ。
 
 板前の父は鹿児島出身で、同郷の遠藤との会話がそうとうに楽しかったらしく(方言が難解で内容は半分しか理解できなかった)、帰り際、若き3選手にサインをねだった。じゃあせっかくなので目標を書き添えてくれないかと、わたしが頼んだ。
 
 19歳のヤット青年は少し遠くを見つめ、考え、さらっとペンを走らせた。
 
 ほかのふたりよりも小さな字で、「いつかは日本代表」と記した。
 
 いまも北河内の小さな料理店には、その色紙が大事に飾られてある。


(了)

取材・文:川原崇(サッカーダイジェストWeb編集部)

※次回の「黄金は色褪せない」は、鹿島アントラーズの偉大なカリスマが登場します。6月下旬配信予定。ご期待ください!

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PROFILE
えんどう・やすひと/1980年1月28日生まれ、鹿児島県桜島町出身。桜州小、桜島中と地元チームでサッカーに親しみ、高校は名門・鹿児島実に進学。1年時から試合に出場し、中盤の要として奮闘した。1998年、横浜Fに鳴り物入りで入団するも、クラブは1年で消滅。翌年のワールドユースでは1ボランチでレギュラーを確保し、銀メダル奪取に寄与した。2001年には2シーズンを過ごした京都からG大阪へ移籍。以後、16シーズンに渡って浪速の雄の主軸として活躍し、2度のJ1リーグ優勝やアジア制覇など9つのタイトルを獲得した。02年のAマッチデビューから、日本代表での実働期はおよそ13年に及んだ。歴代最多152試合出場(15得点)は簡単には破られない大記録だ。ワールドカップには06年、10年、14年大会と3大会連続で出場した。Jリーグ・ベスト11は12回受賞(歴代最多)。09年アジア年間最優秀選手、14年JリーグMVP。Jリーグ通算/582試合・105得点(うちJ1は549試合・100得点)。178㌢・75㌔。AB型。データはすべて2017年6月4日現在。

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