【鈴木啓太×岩政大樹|中編】浦和、鹿島を出て見えたもの――今だから言える本音も告白

カテゴリ:連載・コラム

岩政大樹

2017年06月19日

キャプテン時代は責任感に押しつぶされそうに…。

ポンテ(10番)ら偉大なタレントたちが去ったチームをまとめるのは困難な作業だったという。(C)SOCCER DIGEST

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岩政 後輩にアドバイスするのは好きだったし、そういうのをやるのも自分らしいと思っていました。といっても、彼らとポジションを取ったり取られたりするのを、なにか違うなと思い始めて、そこで鹿島を出るべきだと思いました。2010年か11年。30歳になる手前くらいでしたね。
 それに、私のふたつ上にゴールデンエイジがいたから、自分の立場はいつになっても変わらなかった。やりたいことを100パーセントできない部分もあったので、今と違うことをするなら移籍しかないなと。実はね。そろそろ言ってもいいですよね。
 
鈴木 僕も一度チームを離れようと思ったのは、30歳くらいでした。というか、自分の中でのカレンダーは2010年までだったので、サッカーをやめようと思っていたんです。
ワールドカップに行けなかったし、所属クラブの監督の問題もあって、自分がキャプテンをしていたのにチームがぐちゃぐちゃになった。サッカーをするのがつらい時期があって……。
 だから、あと1年はレッズでプレーし、それから引退するか、もしくは海外のクラブに行こうかと考えていました。でも、そのシーズンに残留争いに巻き込まれるんです。やっぱり成績が悪いまま終われなくて、もう一回、心の炎に火が付いた。そのタイミングでミシャが来ました。
 
岩政 海外クラブを視察に行ったという記事もありましたね。
 
鈴木 そうそう。実際に見に行きましたよ。でも、レッズに残って本当に良かったと思っています。ミシャと一緒にタイトルは獲れなかったけど、本当に学ぶことが多かったから。
 
岩政 つらくなったというのは、何に対するつらさでしたか?
 
鈴木 責任感、ですね。ロビー(ポンテ)とかワシントンとか闘莉王とか、すごい選手たちがクラブを去って、自分がそれを受け継いだんです。変な話、こんなにお金もらっているのに、こんなプレーしかできない自分に対する不甲斐なさというか、そういうのが嫌になってしまった。精神的にこれは良くないなと。今振り返ると、「そんなの気にすんなよ」と思いまけどね。
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