もっとも、ニュースが表沙汰になってからの数日間、ユーベがイグアインの獲得を断念する可能性もないわけではなかった。「ライバルチームのシンボルをカネの力で引き抜くとはけしからん」という、政治的な圧力を受けていた節もあったからだ。
 
　繰り返しになるが、ユーベは余剰戦力の中から少なくとも１人をこの移籍に組み込みたいと考えており、ナポリが移籍交渉に応じてくれるよう望んでいた。
 
　しかし、前記した通り、地元マスコミやサポーターが騒ぎ始めた以上、ナポリはそれを突っぱねる以外にはなかった。
 
　このディールにユーベの選手を組み込むということは、ナポリとユーベが交渉した結果として移籍が成立するということであり、この場合ナポリは移籍の書類にサインしなければならない。書類にサインするということは、ナポリが主体的に移籍に応じたことを意味する。
 
　一方、ユーベが違約金を支払っての契約解除では、ナポリはユーベから違約金の支払いによって契約が解除された旨の通告を受け取るだけで、主体的には移籍に関与していないという形態になる。
 
　この間、イグアインがアルゼンチンで不安に満ちた日々を過ごしていたのは想像に難くない。ユーベ行きのスクープが出た時には、ナポリのサポーターがSNS上でありとあらゆる罵詈雑言をイグアインに浴びせかけた。
 
　同時に、それを上回る数のユベンティーノが獲得に喜びの声を上げ、移籍を歓迎するメッセージをイグアインに送った。これで彼はだいぶ安心したという。
 
　ニコラスは、イグアインがデ・ラウレンティス会長の振る舞いに不信感を抱いている、と言い出すことで移籍に向けた口火を切ったわけだが、その言葉自体は確かに事実だった。
 
　デ・ラウレンティスは2013年にイグアインを獲得して以来、「スクデットを勝ち取るためにチームを強化する」、「たくさんのビッグネームを獲得して今よりもずっと強いチームを作る」、「新しいトレーニングセンターも造るしスタジアムも大改装する」などと口では言いながら、実際には中堅レベルの選手を獲得するだけで、イグアインが満足するようなチームを築こうとも、施設の整備に資金を投じようともしなかった。
 
　実際、今夏は少なくない選手がナポリへの移籍を拒んでいる。この状況を見たイグアインが、「28歳になったいま、このユーベ移籍が大きなタイトルを勝ち取る最後のチャンスだ」と考えたとしても、まったく不思議はない。