もっともそのマドリーの大失態の影には、1日、英雄になったアルコジャーノの選手たちの感動秘話があることを忘れてはならない。もらっている給料はそこそこに過ぎないだろう。しかしテルセーラ（実質４部）、セグンダBというスポットライトを浴びない舞台で、彼らは毎試合、全身全霊でフットボールに捧げてきた。

　好セーブを連発した41歳のＧＫホセ・ファンは、試合後、人気ラジオ番組『エル・トランシストール』のMCホセ・ラモン・デ・ラ・モレーナとのインタビューの冒頭で「今夜君とこうして話せるなんて誰も想像していなかっただろう」と素直に心境を告白した。その言葉からは彼の謙虚な人柄がにじみ出ていた。

　幸福にも限度がある。その境を越えると、われわれは「本当に自分の身に起こっていることなのか」と自問自答する。ホセ・ファンにとっては、フットボールとともに歩んできた人生でついに味わった栄光の瞬間だった。それはフットボールが苦労人の大ベテランに積み重ねてきた努力に報いた感動的なシーンだった。

　一方のマドリーはこれでわずか６日の間にスーペルコパとコパ・デル・レイという2つのタイトルが手中からすり抜けていった。ボクシングでいえば、ダウンしてカウント８で立ち上がったという青息吐息の状態だ。
 

　マドリーの凋落の兆しは様々な面で表れている。これから巻き返しを図っていかなければならないという矢先に、ルカ・ヨビッチがマドリーで失ったゴールを求めてフランクフルトに復帰し、移籍を志願したマルティン・ウーデゴーがアーセナルに渡ったのもその一例だ。若手２人の流出は、想定外の出来事であり、痛みを伴う事態だ。

　とりわけ不可解なのは、ウーデゴーのケースだろう。彼はマドリーに欠落しているプラスアルファをもたらすことができる選手だ。確かに開幕以来、そのクオリティを十分に披露することができていなかった。ウーデゴーと補完し合えるスペースを突くことができる選手が少ないマドリーのメンバー構成、ボールロストを恐れるがゆえのチャレンジ精神の欠如……。理由はいくつかあるが、全ての元凶は彼自身のメンタルにある。戦うことを放棄する選手はマドリーに相応しくはない。

文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳：下村正幸

【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ／1955年10月４日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79～84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を２度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、２度のW杯（82年と86年）に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。