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「サッカーが嫌いに…」「物凄く辛かった」7か月で終焉したファルカンJAPANの真相【名勝負の後日談】

カテゴリ:連載・コラム

加部 究

2020年05月04日

「ファルカンはすごく紳士でスター気取りもなく優しかった」

 逆に戦術の練習や確認は進まず、FWからサイドバック(SB)へ転向して間もなく代表に抜擢された遠藤雅大などは戸惑うばかりだった。
「ファルカンに一番質問をしたのは僕だったと思います。SBとしての役割や周囲との関連性も含めて細部まで確認したかった。でもそこで解決し切れないから、そうなると実際にピッチ上で確認するしかない。周りの選手たちとは随分言い合いになりました」

 一方でマリーニョは、こう証言している。
「ファルカンはすごく紳士で、スター気取りもなく優しかった。判らないことがあったら、いつでも聞いてくれ、と繰り返してしました」

 例えばアジア大会の前には、柱谷哲二と井原正巳が相談に来たことがある。CKの守備をゾーンではなく、マンツーマンに変えたいとの直訴だった。ファルカンは、彼らの意見を尊重した。ただしふたりの背中を見送ると、ポツリと呟いた。

「ドーハではそれで負けたのに…」

 マリーニョは驚いた。
「どうしてそれを言わなかったんだ?」
「せっかくの自信をなくしてほしくなかったんだ」

 良くも悪くもファルカンは、常に泰然自若としていた。1980年代にセリエAの外国人選手輸入が解禁になると、真っ先にローマに迎え入れられ、チームをスクデット(リーグ優勝)に導き「皇帝」と崇められた。チームメイトで1982年にイタリア代表のワールドカップ制覇に貢献したブルーノ・コンティも「あれほどリーダーシップを持ち、卓越した戦術論を持つ選手を知らない」と手放しの称賛を惜しまない。

 実はブラジル代表の監督に就任した際も、ファルカンは同じように大胆に若い選手たちを起用している。その結果1991年に地元で開催されたコパ・アメリカで準優勝に終わり退任したが、この時抜擢したマウロ・シルバ、カフー、レオナルドらは94年米国ワールドカップの優勝メンバーに名を連ねた。信念を持って選手をセレクトし、そのポテンシャルを最大限に開花させるためには小事にこだわらない。そんな鷹揚さを持っていたのかもしれない。
 
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