「単純に試合に出たかったし、それが一番」
――自分が置かれている状況について?
「監督はどういうイメージなんだろうって。練習でも点を取ったり、スタメン組とサブ組に分かれたゲーム形式のメニューでも、やれていた感覚があったから。でも、もしかしたら自分の中の“やれている”と、監督の求めているプレーがズレているのかもしれない。それを確認するためにも聞きにいった」
――宮本監督はどんな話を?
「もちろん、戦力として考えてくれている、と。ただ、対戦相手に合わせてメンバーを決めているみたいで、それは4バックしかり、3バックしかり、スタメンしかり、サブしかりで。たとえば、走力が必要な相手なら自分は外れるかもしれないし、こっちがボールを握れてポゼッションできる相手なら、そういう時間帯に出るとか」
――それでも、リーグ戦では思うように出場機会を得られず、7月に京都にレンタル移籍。決断の理由は?
「単純に試合に出たかった、それが一番かな。試合をして、サッカーを楽しみたかった」
「監督はどういうイメージなんだろうって。練習でも点を取ったり、スタメン組とサブ組に分かれたゲーム形式のメニューでも、やれていた感覚があったから。でも、もしかしたら自分の中の“やれている”と、監督の求めているプレーがズレているのかもしれない。それを確認するためにも聞きにいった」
――宮本監督はどんな話を?
「もちろん、戦力として考えてくれている、と。ただ、対戦相手に合わせてメンバーを決めているみたいで、それは4バックしかり、3バックしかり、スタメンしかり、サブしかりで。たとえば、走力が必要な相手なら自分は外れるかもしれないし、こっちがボールを握れてポゼッションできる相手なら、そういう時間帯に出るとか」
――それでも、リーグ戦では思うように出場機会を得られず、7月に京都にレンタル移籍。決断の理由は?
「単純に試合に出たかった、それが一番かな。試合をして、サッカーを楽しみたかった」
――移籍を決断するまでは悩んだ?
「そりゃ、悩みましたよ。去年、ガンバに残ったのも、やれる自信はあったし。もう一度、奮起してやってやろうと思っていた。ただ、半年経っても状況は変わらなくて、ツネさんがJ3(U-23チーム)で指導されていた若手選手たちも力をつけてきている。それなら、もうしょうがないかなって。それで京都から話をいただいて、強化部には(名古屋時代にチームメイトだった)巻佑樹がいたし、チームにも名古屋で一緒にプレーしていた選手が多くいたから、スムーズに入っていけるんじゃないかなって」
――京都でのデビュー戦は23節の大宮戦。途中出場でピッチに立ったけど、右足の負傷で無念の途中交代……。
「その試合に向けてしっかり準備してきたつもりだったけど、相手に引っ張られながら、無理に行こうとしたら、そこで怪我をしてしまった。残念だったけど、もうどうすることもできないし、それよりも早く治そうと気持ちをすぐに切り替えましたね」
「そりゃ、悩みましたよ。去年、ガンバに残ったのも、やれる自信はあったし。もう一度、奮起してやってやろうと思っていた。ただ、半年経っても状況は変わらなくて、ツネさんがJ3(U-23チーム)で指導されていた若手選手たちも力をつけてきている。それなら、もうしょうがないかなって。それで京都から話をいただいて、強化部には(名古屋時代にチームメイトだった)巻佑樹がいたし、チームにも名古屋で一緒にプレーしていた選手が多くいたから、スムーズに入っていけるんじゃないかなって」
――京都でのデビュー戦は23節の大宮戦。途中出場でピッチに立ったけど、右足の負傷で無念の途中交代……。
「その試合に向けてしっかり準備してきたつもりだったけど、相手に引っ張られながら、無理に行こうとしたら、そこで怪我をしてしまった。残念だったけど、もうどうすることもできないし、それよりも早く治そうと気持ちをすぐに切り替えましたね」