「ベルリンを勇気付ける一番のことはヘルタの勝利」(原口)
深い静けさのなかで、それぞれがどんな祈りを捧げたことだろう。観客は追悼の意を表そうと、ろうそくの光に見立てて携帯のライトをつけ始めた。光は次々に増え始め、スタジアム中を明かりが包み込んだ。
黙祷の時間が終わると、ゴール裏のヘルタ・ファンは鳴り物なしで、ヘルタの歌を、高らかに歌い出す。その歌声が天空に吸い込まれていくなか、ボールは動き出した。
試合は2-0でヘルタがダルムシュタットを下し、2016年を3位という高順位で折り返すこととなった。だがそれも、この夜には大きな意味を持たなかった。
チームの2点目を決めたコートジボワール代表FWのサロモン・カルーは、「今日の勝利は、ベルリンという街全体のためのものだった。勝たなきゃいけなかったんだ。ファンに少しでも喜びを与える。それが、僕らサッカー選手にできる唯一のことだった」と振り返る。
この日、終了間際に途中出場した原口元気も、「すごく身近なところで、悲しい事件が起きてしまった。ベルリンの市民、ベルリンを勇気付ける一番のことは、ヘルタが勝つことだと思ったので。そういう意味でも、今日の一勝は大きいと思います」と語った。
ベルリンのために――。それが全てだった。
試合開始から数時間前、ヘルタはスタッフ総出で現場を訪れ、献花していた。近くに住んでいる選手も多い。ありふれた日常生活が営まれているなかで起こってしまった事件なのだと、改めて感じさせられた。
チームマネジャーのミヒャエル・プレーツは、「行かなければならないと思ったんだ。自分たちが前泊しているホテルからわずか100メートルの場所で事件は起きてしまった。試合の間、あの恐ろしい光景を頭から完全に消し去ることは、選手にとって簡単なことではない」と語っていた。
確かに、普段通りのプレーをするのは相当に困難だったはずだ。だが、選手は可能な限り、普通に戦おうとした。可能な限り走り、戦い、ゴールを狙おうとし続けた。ヘルタだけではなく、ダルムシュタットも……。
『ビルト』紙は「おそらく、最も物静かで、だが最も胸を打つ試合」と表現したが、まさにそんな試合だった。
取材前に僕も事件現場近くに足を運び、手を合わせた。ベルリンはいつものように多くの観光客と買い物客で賑わっていた。ライトアップの煌めきのなかで、楽しそうに走り出す子供たちの姿も見られた。
僕らの日常は続いていくのだ。それぞれが、それぞれの道を真摯に歩んでいく。子供たちが、明日に、そして未来に希望を持てる世界であるために、僕らはともに歩み続けていかなければならないのだ。
文:中野 吉之伴
【著者プロフィール】
なかの・きちのすけ/ドイツ・フライブルク在住の指導者。2009年にドイツ・サッカー連盟公認のA級コーチングライセンス(UEFAのAレベルに相当)を取得。SCフライブルクでの研修を経て、フライブルガーFCでU-16やU-18の監督、FCアウゲンのU-19でヘッドコーチなどを歴任。2016-17シーズンからFCアウゲンのU-15で指揮を執る。1977年7月27日生まれ、秋田県出身。
黙祷の時間が終わると、ゴール裏のヘルタ・ファンは鳴り物なしで、ヘルタの歌を、高らかに歌い出す。その歌声が天空に吸い込まれていくなか、ボールは動き出した。
試合は2-0でヘルタがダルムシュタットを下し、2016年を3位という高順位で折り返すこととなった。だがそれも、この夜には大きな意味を持たなかった。
チームの2点目を決めたコートジボワール代表FWのサロモン・カルーは、「今日の勝利は、ベルリンという街全体のためのものだった。勝たなきゃいけなかったんだ。ファンに少しでも喜びを与える。それが、僕らサッカー選手にできる唯一のことだった」と振り返る。
この日、終了間際に途中出場した原口元気も、「すごく身近なところで、悲しい事件が起きてしまった。ベルリンの市民、ベルリンを勇気付ける一番のことは、ヘルタが勝つことだと思ったので。そういう意味でも、今日の一勝は大きいと思います」と語った。
ベルリンのために――。それが全てだった。
試合開始から数時間前、ヘルタはスタッフ総出で現場を訪れ、献花していた。近くに住んでいる選手も多い。ありふれた日常生活が営まれているなかで起こってしまった事件なのだと、改めて感じさせられた。
チームマネジャーのミヒャエル・プレーツは、「行かなければならないと思ったんだ。自分たちが前泊しているホテルからわずか100メートルの場所で事件は起きてしまった。試合の間、あの恐ろしい光景を頭から完全に消し去ることは、選手にとって簡単なことではない」と語っていた。
確かに、普段通りのプレーをするのは相当に困難だったはずだ。だが、選手は可能な限り、普通に戦おうとした。可能な限り走り、戦い、ゴールを狙おうとし続けた。ヘルタだけではなく、ダルムシュタットも……。
『ビルト』紙は「おそらく、最も物静かで、だが最も胸を打つ試合」と表現したが、まさにそんな試合だった。
取材前に僕も事件現場近くに足を運び、手を合わせた。ベルリンはいつものように多くの観光客と買い物客で賑わっていた。ライトアップの煌めきのなかで、楽しそうに走り出す子供たちの姿も見られた。
僕らの日常は続いていくのだ。それぞれが、それぞれの道を真摯に歩んでいく。子供たちが、明日に、そして未来に希望を持てる世界であるために、僕らはともに歩み続けていかなければならないのだ。
文:中野 吉之伴
【著者プロフィール】
なかの・きちのすけ/ドイツ・フライブルク在住の指導者。2009年にドイツ・サッカー連盟公認のA級コーチングライセンス(UEFAのAレベルに相当)を取得。SCフライブルクでの研修を経て、フライブルガーFCでU-16やU-18の監督、FCアウゲンのU-19でヘッドコーチなどを歴任。2016-17シーズンからFCアウゲンのU-15で指揮を執る。1977年7月27日生まれ、秋田県出身。