イブラ、バロテッリ、ポグバをどう動かした? 代理人ミーノ・ライオラの剛腕エピソード

カテゴリ:移籍情報

片野道郎

2016年08月22日

「俺を最強にしたのはあのマフィアみたいにしつこいデブだ」

イブラヒモビッチ(右から2人目)を一人前に育て上げたライオラ(右端)は、移籍させるたびに年俸アップをもたらしてきた。また、昵懇の仲として知られるミランのガッリアーニ副会長(左から2人目)とは、多くの取引を実現させている。(C)REUTERS/AFLO

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 現在の顧客の中で一番の大物であるイブラヒモビッチとのつながりも、やはりアヤックスが始まりだった。2人が知り合ったのは、彼がスウェーデンのマルメFFからアヤックスに移籍してきて間もなくのこと。待ち合わせ場所だったアムステルダムの『ホテル・オークラ』にポルシェで颯爽と乗りつけたイブラヒモビッチの前に現われたのは、ナイキのTシャツにジーンズ姿の「ただのチビデブ」だった。
 
 ところがライオラはいきなり、こう言ってイブラヒモビッチを一喝したという。
 
「何様のつもりか知らないが、たった6ゴールしか決められない選手をビッグクラブに売れるわけないだろ? 世界一になりたいのか? それならポルシェやらロレックスやらは全部売り払って、本気でサッカーに打ち込め。そんなものは世界一になればいくらでも手に入るんだ。お前には才能がある。でも今のお前は並以下のダメな選手でしかない」
 
 ライオラはその後も、ポルシェを売ってフィアットに乗り換え、クラブのトレーニングウェアで過ごすようになったイブラヒモビッチに付きまとい、尻を叩き続けた。
 
 それから3年後にユベントスに移籍し、その後はインテル、バルセロナ、ミラン、パリSG、そして今夏のマンチェスター・Uと渡り歩いて世界最高クラスのストライカーとなったイブラヒモビッチは、2011年に出版した自伝の中で「俺を最強にしたのはあのマフィアみたいにしつこいデブだ」と愛情を込めて語っている。
 
 そのイブラヒモビッチをメガクラブからメガクラブへと移籍させ、年俸を雪だるま式に増やした手腕は語り草。2004年にアヤックスからユベントスに移す際には、リヨンやモナコがより高額の移籍金(2000万ユーロ=約24億円)をオファーしていたにもかかわらず、当時のユベントスGDのルチアーノ・モッジと結託してアヤックスを揺さぶり、1600万ユーロ(約19億円)での移籍を受け入れさせた。その差額の多くがイブラヒモビチの年俸に回ったことは言うまでもない。
 
 06年のユベントスからインテルへの移籍は、一度は合意に達していたミランを最後に袖にして実現。09年のインテルからバルセロナへの移籍は、インテルに同シーズンのチャンピオンズ・リーグ優勝を可能にする戦力を揃える資金+サミュエル・エトーを、イブラヒモビッチには1200万ユーロ(約14億4000万円)という当時の世界最高年俸をもたらした。
 
 そこからたった1年でミランに移籍させた時には、逆に2400万ユーロ(約29億円)という大バーゲンの移籍金を、しかも3年分割で支払うという条件をバルセロナに呑ませるしたたかさを見せた。
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