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積み重ねた約500試合。でも栗原勇蔵にとって最も印象的な試合はその中にはない。唖然とさせられたのは2010年「本当にいるんだな」

カテゴリ:Jリーグ

有園僚真(サッカーダイジェストWeb編集部)

2025年04月23日

「和司さんが監督ではなかったら、7番を長く付けていたかも」

4番のイメージが強い栗原氏だが、2009年は7番を付けてプレーした。一体なぜ?(C)SOCCER DIGEST

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 2010年10月には、日本代表の一員として、キリンチャレンジカップでアルゼンチン代表と対戦。泣く子も黙るスーパースター、リオネル・メッシとのマッチアップを経験した。

「あの当時すでにスーパースターで、年齢は下ですが、もうバリバリのバリバリだったので、試合前にセンターバックのコンビを組んだ今野(泰幸)さんと、『このアルゼンチンに勝ったらもうヒーローだよな』と話をしました。そうしたら結果、(1-0で)勝ってしまったのでびっくりしました。

 メッシのドリブルはボールを手で持って運んでいるようなタッチなので、足が出ないというか。『こういう選手って本当にいるんだな』と思うような選手でしたね。たくさんいるサッカー選手の中で、トップオブトップの選手です。練習試合だっ たのでガチンコ勝負ではないですが、対戦できたことはすごく良い経験になりましたし、今このように語れていることも、良い思い出になったなと思います」
 
 F・マリノスでも日本代表でも主に4番を付けてプレーした。この4番に「思い入れはもちろんある」という。16歳上の大先輩の影響だ。

「F・マリノスに憧れていた小学校時代、1番好きだった選手が井原(正巳)さんでした。井原さんはF・マリノスのレジェンドで、しかも誕生日(9月18日)も一緒ということもあり、勝手に運命的なものも感じつつ、4番を付けた時はすごく嬉しかった記憶がありますね。その話を井原さんに直接言えたことはないんですが、井原さんの奥さまには言ったことがあります」

 ただ、クラブと代表で4番から変更した過去がある。F・マリノスでは木村和司監督が就任する前年にあたる2009年は、7番を付けてプレーしている。

「F・マリノスユースの先輩である田中隼磨さんが7番を付けていて、その隼磨さんが移籍して7番が空いて、なぜかその流れで7番を付けてみようかなと思いました。実は僕、中3でジュニアユースからユースに上がる時に7番だったんです。

 今では考えられないですが、当時右サイドハーフで、7番を付けていたんですよ。だから縁もあって、付けてみたいなと思って付けたんですが、その翌年に和司さんが監督になり、『4番に戻せ』との一言で、すぐに4番に戻しました。だから、和司さんが監督ではなかったら、7番を長く付けていたかもしれないですね」
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