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NOと言えない子どもたちがいない世界へ。スポーツをエンパワーのツールとして活用【日本サッカー・マイノリティリポート】

カテゴリ:連載・コラム

手嶋真彦

2024年01月22日

同じ教室でも子どもは様々。メッセージも多様なはず

大切にしているのは安全にプレイすること。バルサ財団の取り組みをモデルとするスポーツ教室でも、セーフガーディングは基本だ。(C)Kanae Fukumura

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 井上はバルサ財団と出会う前、JFAの職員として「こころのプロジェクト」に携わっている。サッカー選手を含めた様々な競技の現役アスリートやOBOGたちが「夢先生」となり、「夢や目標を持つことの素晴らしさ、それに向かって努力することの大切さ、フェアプレーや助け合いの精神を、子どもたちと語り合い、触れ合いながら伝えていく」(公式HPから抜粋)社会貢献活動だ。

 JFAの職員だった1年半ほどの在職期間中、井上は全国各地の学校を訪れ、小学5年生か中学2年生が生徒となる、その「夢の教室」に数え切れないほど立ち会った。

「子どもたちの目が輝くのを感じて、思いました。やっぱりそうか、スポーツには私の知らない側面があるんだなと。スポーツを通じてできることって、たくさんあると学べた、素晴らしい経験でした」

 ただ、自分自身の無力さを募らせるようにもなっていく。2007年に始まった「こころのプロジェクト」が今も続いているのは、いじめや不登校などの社会課題が残っているからでもある。

 もしかするとこのクラスにも、孤立している児童や生徒がいるのではないか。2人でペアになりましょう、みんなで手を繋ぎましょう、などと促され、つらい思いをしている子もいるのではないか――。

 井上には華々しい経歴と、経歴には一切出てこないつらい思いの記憶が残っている。ジェフユナイテッド市原・千葉レディースに入団したのは、中学3年生の頃だった。たちまち、なでしこリーグにデビューすると、2008年にはU-17女子ワールドカップに出場。09年にはU-19女子アジア選手権で優勝チームの一員となる。

 21歳で競技スポーツのサッカーを辞めたのは、セカンドキャリアへの漠とした不安を含め、いろんな葛藤に押しつぶされそうになっていたからだ。トップレベルでの過酷な戦いには苦しさだけでなく、周りの期待を裏切ってしまうのではないかと恐怖を感じるようにもなっていた。

 大学を卒業した井上は、教員免許を活かせるJICAの青年海外協力隊に応募する。探していたのは夢中になれる、サッカー以外の何かだった。任地は南アジアのブータンで、日本からだと飛行機と車で3日を要するかなりの僻地(へきち)に赴いた。

 2年間の任期を終える頃、井上は変わっていた。同じアジア人で見た目は似ていても、時の流れ方がゆったりしていて、文化や価値観も異なる異国で、自分自身ととことん向き合うことができたからだ。

「自分がどんな人間なのか、もうわからなくなっていたんです。サッカー選手をしていた頃に、求められる自分を演じていたからです。でもブータンではサッカー選手でも、求められていた強い人間でもないわけです。その時点で着飾っていた上辺や、仮面や、分厚くなっていた皮がもう何枚かむけていました」
 
 全力で何かを頑張ったり、努力したりできない自分には価値がない。自分のなかにあるその強迫観念にも気がついた。

「サッカーを、全力でやっているのがすごいと、言われつづけてきたからです」

 子どもの頃の記憶にも向き合った。井上は兄の影響で物心がつく頃にはボールを蹴っていた。小学校に上がると少年団に加入する。いまも脳裏に残っているのは男子のチームで女子だから、仲間外れにされた記憶。後で振り返れば、自分はいじめに遭っていたという記憶...。

「そうなるのは私が気持ち悪いからだ」

 かつての井上は自分を周囲に合わせるようになる。仲間外れにされる恐怖から、学校でもヒエラルキーを気にしてばかりいた。グラウンドでは、指導者から選手への不適切な指導を幾度となく目の当たりにし、同じ指導者から愛情も受け取っていたので、暴言等を含めてそれが当たり前だとやり過ごしてきた。21歳までサッカーを続けたのは、あきらめない強さを持っていたからではなく、続けるしか選択肢がないと思い込んでいたからだ。

 ブータンから帰国し、JFAで「こころのプロジェクト」に携わるようになってから、井上はいじめや不登校の現実を知ろうと専門家を訪ねて話を聞くようになる。浮かび上がってきたのは置かれた状況が過酷すぎて、選択すらできない子どもたちの存在だ。あきらめるなと励まされても、あきらめるしか選択肢のない子どもたち。そもそも「夢の教室」に出席できない不登校の子どももいるだろう。

「多くのアスリートが語るメッセージって、あきらめるな、なんですよ。それはそれで素晴らしいんです。あきらめなかったから獲得できた金メダルだったりするので、すごく大事なメッセージだと思います。ただ、他にも届けるべきメッセージはあるはずなんです。同じ教室にいても、子どもたちはいろいろですから」

 実を言えば井上自身が、何度か「夢先生」として子どもたちの前に立っている。しかし、どんなメッセージを伝えるべきか、最後まで決めかねた。今の私ならばと、想像することはある。もしも私が、私なりの授業を任されるなら――。

「一番苦しい子どもたちが、今日は楽しかった、嬉しかった、来て良かったと少しでも思える授業です。そういう子たちの特別な日にできればと思います」

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