クラブの誰もが目の前の一戦に全力で備える
ただ、ぶれないスタイルゆえにシーズンが進むと分析され、ポジショナルプレーを封じられる試合も増えた。13節の松本山雅FC戦(0-0)で本間へのマンマークと5レーンを埋めるブロックで対策されて無得点に終わると、続く14節で対戦したFC町田ゼルビアも松本の戦い方を応用してきた。
先制できれば前がかりになった相手の背後を突いて得点を重ねられていたが、割り切ってブロックを敷き、スペースを消してくる相手には苦戦。18節以降は自動昇格圏から外れ、本間を怪我で欠いたラスト10試合は2勝5分3敗と失速し、6位に終わった。
「相手はやりたいサッカーではなく、新潟にやらせないサッカーをしてきた。でも僕らは自分たちのサッカーにプライドを持って貫いた。ポゼッションサッカーといえば、J2では新潟だと言われるチームになった」
10ゴール・14アシストと攻撃を牽引した高木善朗は、確かな手応えを感じていた。この年、平均ボール支配率は61.4%で、20年のリーグ5位(55.7%)から1位へと躍り出た。この手腕が評価され、指揮官はJ1のFC東京へステップアップ。21年から新潟へ加入した松橋力蔵コーチが、アルベル監督の哲学を受け継ぎ、新監督に就任した。
松橋新監督は「J1を目ざすのであれば、勝利をもっと貪欲に求めなければいけない」と、21年12月の就任会見で断言。
アルベル監督が2年間で築き上げた土台を活かしつつ、「よりゴール方向に向かうプレーを増やす」推進力と、「相手の隙を逃さずに突く」プレーを求め、イッペイ・シノヅカ、伊藤涼太郎、松田詠太郎ら技術とスピードを兼ね備えたタレントを加えてスタートした。
キャンプでのコロナ集団感染と、それに伴う10日間の活動休止によりフィジカル調整が遅れ、開幕後は5試合未勝利と躓いたが、身体的なコンディションが整うと結果もついてきた。攻撃はワンサイドでテンポ良く攻め切る形や、サイドで引きつけてから中央に展開して崩す形、また自陣に引き込んで相手のプレスを誘ってから、一気にスピードアップして背後を取る擬似カウンターと、ゴールまでのバリエーションが着々と増えていった。
先制できれば前がかりになった相手の背後を突いて得点を重ねられていたが、割り切ってブロックを敷き、スペースを消してくる相手には苦戦。18節以降は自動昇格圏から外れ、本間を怪我で欠いたラスト10試合は2勝5分3敗と失速し、6位に終わった。
「相手はやりたいサッカーではなく、新潟にやらせないサッカーをしてきた。でも僕らは自分たちのサッカーにプライドを持って貫いた。ポゼッションサッカーといえば、J2では新潟だと言われるチームになった」
10ゴール・14アシストと攻撃を牽引した高木善朗は、確かな手応えを感じていた。この年、平均ボール支配率は61.4%で、20年のリーグ5位(55.7%)から1位へと躍り出た。この手腕が評価され、指揮官はJ1のFC東京へステップアップ。21年から新潟へ加入した松橋力蔵コーチが、アルベル監督の哲学を受け継ぎ、新監督に就任した。
松橋新監督は「J1を目ざすのであれば、勝利をもっと貪欲に求めなければいけない」と、21年12月の就任会見で断言。
アルベル監督が2年間で築き上げた土台を活かしつつ、「よりゴール方向に向かうプレーを増やす」推進力と、「相手の隙を逃さずに突く」プレーを求め、イッペイ・シノヅカ、伊藤涼太郎、松田詠太郎ら技術とスピードを兼ね備えたタレントを加えてスタートした。
キャンプでのコロナ集団感染と、それに伴う10日間の活動休止によりフィジカル調整が遅れ、開幕後は5試合未勝利と躓いたが、身体的なコンディションが整うと結果もついてきた。攻撃はワンサイドでテンポ良く攻め切る形や、サイドで引きつけてから中央に展開して崩す形、また自陣に引き込んで相手のプレスを誘ってから、一気にスピードアップして背後を取る擬似カウンターと、ゴールまでのバリエーションが着々と増えていった。
今季はメンバーを固定しなくなったのも変化の1つだ。「全員戦力」という指揮官の見極めは的確で、今季初先発でプロ入り後、初得点を挙げた田上大地や小見洋太をはじめ、久々に起用された選手が結果を出した例は非常に多い。
交代出場も含め、それぞれが自身の武器を発揮する形で活躍することも多く、常に競争があった。クラブの誰もが目の前の一戦に全力で備えるからこそ、エース本間の海外移籍や、負傷・体調不良による選手離脱があったなかでも、着実に勝点を積み上げられたのだ。
こうして今季は相手のブロックを崩す術を増やし、対策もされづらくなった。的を絞らせない戦い方でここまで20人(40節終了時)がゴールを挙げている点も、その象徴と言える(20年の得点者は14人、21年は15人)。
松橋監督が選手と共有してきた目標は、J1で戦えるチームになること。コーチとして19 年に横浜で優勝経験を持つ指揮官は「基準を上げよう」「もっとできる」と選手に要求し続けてきた。J1昇格はあくまで通過点。新たなステージで結果を残すため、追求と進化は続いていく。
取材・文●野本桂子(フリーライター)
※本記事は2022年10月13日発売のサッカーダイジェスト本誌から転載。一部加筆・修正。
【PHOTO】ホームビッグスワンでJ1復帰の歓喜を味わった新潟サポーター
交代出場も含め、それぞれが自身の武器を発揮する形で活躍することも多く、常に競争があった。クラブの誰もが目の前の一戦に全力で備えるからこそ、エース本間の海外移籍や、負傷・体調不良による選手離脱があったなかでも、着実に勝点を積み上げられたのだ。
こうして今季は相手のブロックを崩す術を増やし、対策もされづらくなった。的を絞らせない戦い方でここまで20人(40節終了時)がゴールを挙げている点も、その象徴と言える(20年の得点者は14人、21年は15人)。
松橋監督が選手と共有してきた目標は、J1で戦えるチームになること。コーチとして19 年に横浜で優勝経験を持つ指揮官は「基準を上げよう」「もっとできる」と選手に要求し続けてきた。J1昇格はあくまで通過点。新たなステージで結果を残すため、追求と進化は続いていく。
取材・文●野本桂子(フリーライター)
※本記事は2022年10月13日発売のサッカーダイジェスト本誌から転載。一部加筆・修正。
【PHOTO】ホームビッグスワンでJ1復帰の歓喜を味わった新潟サポーター