乾にとって追い風だったのは、W杯本番が西野体制発足直後という点だろう。当時の代表は、同年５月下旬から千葉県内で合宿に入り、30日のガーナ戦が初陣。新指揮官は未知なる３バックにトライするなど、チームの完成形が全く見えておらず、いかようにも変化しそうな雲行きだったからだ。ガーナ戦は０－２で敗れた。

　西野ジャパンは直後の6月初旬からオーストリア・ゼーフェルトの直前合宿に乗り込み、８日のスイス戦に挑んだが、０－２の完敗。残されたテストマッチは12日のパラグアイ戦だけだった。

　右太もも前を痛めて出遅れていた乾は、このタイミングで先発に抜擢され、２ゴールを奪う。チームも４－２という内容ある勝利を掴み、ようやくロシアで戦えそうな機運が高まった。

　本番前のラストマッチという千載一遇のチャンスをモノにしたからこそ、ロシアでの活躍につながったと乾は痛感しているという。

「ガーナ、スイスに負けた試合を外で見て、うまくいっていないと僕なりには感じてました。それまで西野さんは西野さんなりのベストメンバーを出していたと思うんですけど、あまり内容も良くなかった。

　パラグアイ戦に挑む前に『僕らはここでアピールできたら一気に変わるんじゃないか。やってやろう』と気合が入りました。そこで結果を出せたから本番につながった。ただ、あの時も『ダメならダメで仕方ない』と考えていたし、もともとサブなんで失うものは何もなかった。メンタル的な割り切りが良かったのかなという気がします」と自然体が奏功したようだ。
 

　パラグアイ戦を機に浮上した乾は、香川、柴崎岳らがスタメンを掴むなか、初戦・コロンビア戦へ。彼らは凄まじいスタートダッシュを見せる。開始早々にカルロス・サンチェスが退場し、香川がPKを決める。日本は一気に主導権を握った。

「僕自身はメンタル的には普段と変わった感じはなかった。ワールドカップが初めてだったし、怖さも難しさも知らなかった。それが逆に良かったのかもしれません。2014年のブラジル・ワールドカップの惨敗を知ってる選手は余計に力が入っていたのかもしれないけど、自分は違いましたね。

　ただ、正直言うと、逆に力を抜きすぎていたかもしれない（苦笑）。コロンビア戦の前半はヤバかった。『スペインリーグと同じメンタルじゃアカンねんな』って前半終了時に思って、ハーフタイムにスイッチを切り替えましたから。国と国とのぶつかり合いはテンションの高さが全然違う。メンタルの持っていき方の難しさは感じましたね」

　これもW杯特有の出来事と言えるのではないか。ドイツやスペインで高度な経験を積み重ねた百戦錬磨の乾も戸惑ったというのだから、11月23日のカタールW杯初戦・ドイツ戦に挑む面々は細心の注意を払う必要がありそうだ。