37節のホーム最終戦で、引退セレモニーが行なわれた。相手はマンチェスター・シティ。最後を飾るにふさわしい最高の舞台だった。ただ、本人は試合前から繰り返していた。控えの自分が、最後だからという理由で出番を得るのは本意ではない、と。デイビッド・モイーズ監督もそこは心得ている。無粋な演出などしなかった。
いつものようにノーブルはベンチに座り、ウェストハムは前半で2点をリードした。しかし、後半に2点を許して追いつかれ、迎えた77分だった。スタジアムが沸き上がる。マヌエル・ランシーニとの交代でノーブルがピッチに入る。デクラン・ライスが自分の腕からキャプテンマークを外し、本来のキャプテンの左腕にそれを巻きつける。
スタジアムは何かを期待してボルテージが上がる。しかし、残念ながら試合は動かず、ノーブルのホームラストゲームは2-2のドローで終わった。2点を先行していただけに、やや悔やまれる結果だった。
セレモニーが始まった。「ミスター・ウェストハム」のアナウンスとともに、背番号16がチームメイトと関係者が作る花道を行く。娘と息子、2人の子供とともにピッチへと歩み出る。長女ハニーと右手をつなぎ、左手は長男レニーの肩に回して。万雷の拍手が鳴り止まない。
代表歴はない。タイトルとも無縁だった。しかしーー。
人気のTV司会者で進行役を務めたベン・シェパードの質問に答える形で、ノーブルが別れの言葉を紡いでいく。
「とてもエモーショナルな日になりました。私と家族にとって。今日はたくさんの家族がここに来てくれています。6万人の家族です」
チャントが沸き起こり、本人の目には涙が浮かぶ。
「キャリアを通して出会った全ての人たちに感謝を捧げます。とくにこの2年間は素晴らしいものでした。チームメイト、クラブ関係者、チームスタッフ、彼らにもどうか拍手を」
人柄が滲み出る心配りを見せると、こう続けた。
「18年間、みなさんに誇りを与えられたかな」
代表歴はない。タイトルとも無縁だった。しかし、ノーブルはその名の通り”高潔な”フットボーラーだった。
ひとつの時代が終わりを告げたようで、僕も涙が止まらなかった――。
文●スティーブ・マッケンジー(サッカーダイジェスト・ヨーロッパ)
Steve MACKENZIE
スティーブ・マッケンジー/1968年6月7日、ロンドン生まれ。ウェストハムとサウサンプトンのユースでプレー経験がある。とりわけウェストハムへの思い入れが強く、ユース時代からのサポーターだ。スコットランド代表のファンでもある。大学時代はサッカーの奨学生として米国で学び、1989年のNCAA(全米大学体育協会)主催の大会で優勝した。現在はエディターとして幅広く活動。05年には『サッカーダイジェスト』の英語版を英国で手掛け出版した。
※『ワールドサッカーダイジェスト』2022年7月7日号より転載