“中指”で有名になったハラの実家へ――そこで知ったことは。
あるカンチャで試合を見ていると、こんな声をかけられた。
「こっちは4部だけど、あっちではプレミアの試合がやってるぞ。でも、ほどほどにしないと危険だからな」
行けと言われているのか、行くなと言われているのか分からなかったが、好奇心を抑えきれずに行ってみると、ものすごく激しいゲームが繰り広げられていた。だが、あっという間に、怖いお兄さんたちに取り囲まれた(大騒ぎされただけで済んだ)。
この原稿で私は、怖い怖いと書いているが、もちろん怖いのは一部で、多くは親切で世話焼きのおっさんやおばちゃんが多い。
チリの代表選手たちは、こうした粗野で無骨で、しかし人情味に溢れた環境のなかから這い上がってきた。
“中指”で有名になったゴンサロ・ハラも、例外ではない。
「あいつは隣町の生まれだよ。行ってみたらいい」
そう教えられて、コンセプシオンの隣町ウアルペンに行ってみた。
地図がないので、地元民の案内だけを頼りに訪れたハラの生まれ育った地域は、案の定、何もなかった。汚水が流れる側溝のたもとでは、酔っ払いが寝ていた。廃材を拾い集めている老人も多い。
意外とすんなり見つかったハラの実家は、周りの家よりも少し大きかったが、特別に大きなわけでもなかった。両親や兄弟は、まだこの地域に住んでいるという。
家族の声を聞こうと思ったが、みんな代表チームの応援をするため、サンティアゴに出払ってしまっていた。仕方なく、ハラが幼い頃にプレーしていたという近所のカンチャに行ってみた。
カンチャの隣のクラブハウスでは、ソシオの紳士と近所のおばちゃんたちが世間話をしていたので、ハラのことを尋ねてみる。
「週末に来てくれたら、試合もあって会長もいたから、詳しい話も聞けたと思うけどなあ……」と紳士は残念がった。
結局、私がスペイン語をしっかり話せないこともあって、ハラについて知ることができたのは、幼い頃から激しい守備で鳴らしていて、人柄は一般の庶民と変わらないということくらいだった。ただ、どんなところから出てきたのか、それを知れただけでも意義はあったと思う。
ここでは、「中指事件があったから、興味本位で来たんだろ!」と激怒される、よくあるパターンに陥ることも、襲われることもなかった。このあたり、チリは危険と言われる郊外でも、ブラジルやアルゼンチンに比べると落ち着いたところがある。
――◇――◇――
刻一刻と迫る国家的祝祭のフィナーレに向け、チリは今、空前の盛り上がりを見せている。今朝もワイドショーで、「ラ・ロハ(赤という意味。チリ代表の愛称)の男たちの華麗なる愛の遍歴」という特集が延々と流されていた。
準決勝で2ゴールを決め、一躍、国の英雄となったバルガスとブラジル人モデルの美人妻が知り合ってから結婚、子どもが生まれるまでの映像が、これでもかというくらい流された。守護神ブラーボの美人妻と、バルセロナの豪邸も紹介されていた。
朝も早くから、ごちそうさん。
酔っ払いや薬物中毒者も少なくない吹き溜まりのようなところから、腕っぷしひとつで名を挙げて首都サンティアゴへ旅立ち、さらに欧州のビッグクラブで名を馳せる。美しい嫁をめとり、豪邸での暮らしを謳歌する――。それは郊外に暮らす低所得者にとって、文字通り夢の世界だろう。
名もない郊外の少年たちが成功を掴み、今、ひとつの軍団となってチリ百年の夢に挑む。7月4日、サンティアゴのナショナル・スタジアムで行なわれるのは、そういう試合だ。
現地取材・文:熊崎 敬
くまざき・たかし/1971年生まれ、岐阜県出身。週刊サッカーダイジェスト誌記者からフリーランスに転身。国内外のサッカーに精通し、さまざまな媒体で健筆を振るう。徹底した現場主義者で、取材先ではファンに交じってその息遣いを感じ取る、臨場感あふれる筆致に定評。サッカー以外の分野でも活躍する。
「こっちは4部だけど、あっちではプレミアの試合がやってるぞ。でも、ほどほどにしないと危険だからな」
行けと言われているのか、行くなと言われているのか分からなかったが、好奇心を抑えきれずに行ってみると、ものすごく激しいゲームが繰り広げられていた。だが、あっという間に、怖いお兄さんたちに取り囲まれた(大騒ぎされただけで済んだ)。
この原稿で私は、怖い怖いと書いているが、もちろん怖いのは一部で、多くは親切で世話焼きのおっさんやおばちゃんが多い。
チリの代表選手たちは、こうした粗野で無骨で、しかし人情味に溢れた環境のなかから這い上がってきた。
“中指”で有名になったゴンサロ・ハラも、例外ではない。
「あいつは隣町の生まれだよ。行ってみたらいい」
そう教えられて、コンセプシオンの隣町ウアルペンに行ってみた。
地図がないので、地元民の案内だけを頼りに訪れたハラの生まれ育った地域は、案の定、何もなかった。汚水が流れる側溝のたもとでは、酔っ払いが寝ていた。廃材を拾い集めている老人も多い。
意外とすんなり見つかったハラの実家は、周りの家よりも少し大きかったが、特別に大きなわけでもなかった。両親や兄弟は、まだこの地域に住んでいるという。
家族の声を聞こうと思ったが、みんな代表チームの応援をするため、サンティアゴに出払ってしまっていた。仕方なく、ハラが幼い頃にプレーしていたという近所のカンチャに行ってみた。
カンチャの隣のクラブハウスでは、ソシオの紳士と近所のおばちゃんたちが世間話をしていたので、ハラのことを尋ねてみる。
「週末に来てくれたら、試合もあって会長もいたから、詳しい話も聞けたと思うけどなあ……」と紳士は残念がった。
結局、私がスペイン語をしっかり話せないこともあって、ハラについて知ることができたのは、幼い頃から激しい守備で鳴らしていて、人柄は一般の庶民と変わらないということくらいだった。ただ、どんなところから出てきたのか、それを知れただけでも意義はあったと思う。
ここでは、「中指事件があったから、興味本位で来たんだろ!」と激怒される、よくあるパターンに陥ることも、襲われることもなかった。このあたり、チリは危険と言われる郊外でも、ブラジルやアルゼンチンに比べると落ち着いたところがある。
――◇――◇――
刻一刻と迫る国家的祝祭のフィナーレに向け、チリは今、空前の盛り上がりを見せている。今朝もワイドショーで、「ラ・ロハ(赤という意味。チリ代表の愛称)の男たちの華麗なる愛の遍歴」という特集が延々と流されていた。
準決勝で2ゴールを決め、一躍、国の英雄となったバルガスとブラジル人モデルの美人妻が知り合ってから結婚、子どもが生まれるまでの映像が、これでもかというくらい流された。守護神ブラーボの美人妻と、バルセロナの豪邸も紹介されていた。
朝も早くから、ごちそうさん。
酔っ払いや薬物中毒者も少なくない吹き溜まりのようなところから、腕っぷしひとつで名を挙げて首都サンティアゴへ旅立ち、さらに欧州のビッグクラブで名を馳せる。美しい嫁をめとり、豪邸での暮らしを謳歌する――。それは郊外に暮らす低所得者にとって、文字通り夢の世界だろう。
名もない郊外の少年たちが成功を掴み、今、ひとつの軍団となってチリ百年の夢に挑む。7月4日、サンティアゴのナショナル・スタジアムで行なわれるのは、そういう試合だ。
現地取材・文:熊崎 敬
くまざき・たかし/1971年生まれ、岐阜県出身。週刊サッカーダイジェスト誌記者からフリーランスに転身。国内外のサッカーに精通し、さまざまな媒体で健筆を振るう。徹底した現場主義者で、取材先ではファンに交じってその息遣いを感じ取る、臨場感あふれる筆致に定評。サッカー以外の分野でも活躍する。