「時間が経つにつれて背中に荷物を…」歴代最高のリーダーと称される長谷部誠が率いた8年間【日本代表キャプテンの系譜】

カテゴリ:連載・コラム

元川悦子

2020年06月08日

短期連載コラム『日本代表キャプテンの系譜』vol.5 長谷部誠②|ブラジルW杯予選の一方で、所属クラブでは監督との間に確執が

W杯3大会連続でキャプテンを務めた長谷部。類まれなリーダーシップを発揮して、2大会で16強に導いた。写真:滝川敏之

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「長谷部(誠=フランクフルト)にキャプテンマークを渡したのは、精神的、技術面でキャプテンという重要な役割を担うのに適しているのが理由だ。以前からやっていたからというわけではなく、このチームでは彼がリーダーだと感じている」

 下馬評を覆す16強入りという好成績を残した2010年南アフリカ・ワールドカップから約半年後の2011年1月に行なわれたアジアカップ(カタール)。開幕前日の公式会見でアルベルト・ザッケローニ監督は大勢の報道陣の前で長谷部の統率力を高く評価した。南アでは川口能活(日本サッカー協会アスリート委員長)や中澤佑二(解説者)ら年長者に気を使いながら「前に出すぎないキャプテン」に徹していた彼だが、イタリア人指揮官率いる新チームではより積極的に仲間を牽引していくようになった。

 ひとつの好例が、ザック体制初の海外遠征となった2010年10月の韓国戦(ソウル)前のミーティングに遅刻してきた森本貴幸(福岡)を一喝したこと。「年下なんだから10分前にはいるべきだろう」と諭し、行動の改善を促した。こうした言動も「自分が率先して見本にならなければいけない」という意識の表われだろう。指揮官が絶賛したアジアカップでも全6試合にフル出場し、シリア戦ではゴールを挙げるなど、大きな存在感を発揮。2011年東日本大震災発生直後のチャリティマッチ(大阪)でも先頭に立って募金活動に取り組むなど、「新生日本代表の顔」として名実ともに認められるようになった。

 そんな長谷部も何度か困難に見舞われた。ザックジャパンが2014年ブラジル・ワールドカップ・アジア最終予選に挑み始めた2012年秋には、当時所属のヴォルフスブルクでフェリックス・マガト監督と確執が生まれ、8試合連続ベンチ外という屈辱を味わった。代表合流時には「どんな状況でも自分はブレることはない」と毅然と話していた彼も試合勘に多少なりとも不安を抱えていた様子だった。その問題はマガトの解任によってクリアできたが、翌2013-14シーズンに移籍したニュルンベルクでは2部降格の危機に。難しい状況の中、代表との二足の草鞋を履かなければならなくなった。
 

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