レジェンドの軌跡 THE LEGEND STORY――第51回・ブライトナー(元西ドイツ代表)

カテゴリ:メガクラブ

サッカーダイジェストWeb編集部

2019年07月04日

得点力のあるSBから知性溢れる中盤の司令塔へ

毛沢東主義者と呼ばれ、政治的な発言を止めることはなかった異端な存在。また、ネッツァーら華麗な選手と比べられ、評論家からは「労働集約型のMF」と揶揄されることもあった。しかしピッチ上では、常に仲間から絶大な信頼を寄せられる存在だったのは事実である。 (C) Getty Images

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 本誌ワールドサッカーダイジェストと大人気サッカーアプリゲーム・ポケサカとのコラボで毎月お送りしている「レジェンドの言魂」では、サッカー史を彩った偉大なるスーパースターが、自身の栄光に満ちたキャリアを回想しながら、現在のサッカー界にも貴重なアドバイスと激励を送っている。

 さて今回、サッカーダイジェストWebに登場するのは、高度なテクニックとインテリジェンスでチャンスを量産するだけでなく、驚異的な運動量と溢れる情熱でチームを牽引した天性のリーダー、パウル・ブライトナーだ。

 西ドイツ代表、バイエルンの両方で黄金時代の創成に貢献し、今なおファンから崇められる髭面の偉人の軌跡を、ここで振り返ってみよう。

――◇――◇――

 パウル・ブライトナーは1951年9月5日に西ドイツ(当時)・バイエルン州のコルベルモールで誕生した。ちなみにこの街では、彼同様にバイエルン、代表チームで栄光を手にすることになる、あのバスティアン・シュバインシュタイガーも、後に生を受けている。

 幼少期からサッカーに興じたブライトナーは、6歳の時に地元クラブに入団。61年までプレーした後、今度はフライラッシングに移り、在籍中の68年には西ドイツ・ユース代表に選出される。そこで指導を受けた名将ウド・ラテックが70年、バイエルンを率いることになった際に、ブライトナーは引き抜かれ、すぐにブンデスリーガ・デビューを飾った。

 当時のポジションはSB。スタミナが豊富で、闘争心に溢れる選手だったが、それは得点への執着心にも繋がり、積極的な攻撃参加からシュート力を活かし、多くのゴールを生み出すこともできた。

 レギュラーとして、1年目でDFBカップ優勝の喜びを味わい、翌71-72シーズンには早くもリーグ優勝に貢献。そこから、バイエルンは3連覇を達成してクラブ最初の黄金時代を迎えると、73-74シーズンにチャンピオンズ・カップ決勝でアトレティコ・マドリーを再試合の末に破る。ブライトナーは22歳にして、欧州の頂点にまで昇り詰めた。

 ここで彼は、新たな挑戦に打って出る。よりインテリジェンスの高い選手を目指し、レアル・マドリーに移籍したのだ。彼はこの時、西ドイツ代表として自国開催のワールドカップを制した直後だったが、自身のこだわりのために、ヘルムート・シェーン監督に向こう2年間は代表チームを辞退したいと申し出ていたという。

 そしてこのスペインの超名門クラブでは、前年に加入していた“賢人”ギュンター・ネッツァーと中盤でドイツ人コンビを形成。2人のゲームメイク、チャンスメイクによって、マドリーは74-75シーズンにラ・リーガとコパ・デル・レイの2冠を達成、翌シーズンはリーガ連覇を果たしてみせた。

 持ち前の正確なプレーと、冷静さ、そして的確な状況判断により、目標通りにMFとして新境地を切り拓いたブライトナーは、3シーズンのスペイン生活を終え、77年にドイツに帰国したが、加入したのは中堅クラブのブラウンシュバイク。ここで30試合に出場した後、翌シーズンにバイエルン復帰を果たす。

 古巣では、カール=ハインツ・ルムメニゲがエースとして君臨していたが、彼の得点力が活きるか否かはブライトナー次第であり、このコンビはバイエルンだけでなく、後に代表チームでも猛威を振るうことになった。

 髭面がトレードマーク(CM出演のために剃り落して物議を醸したこともあった)の絶対的なキャプテンとして、ブライトナーはバイエルンのリーガ連覇(79-80、80-81シーズン)とDFBカップ優勝(81-82シーズン)に貢献している。

 この頃は選手として円熟期に達しており、81年にはドイツ最優秀選手に選出された他、バロンドール受賞も有力視されたが、投票の結果はチームメイトのルムメニゲに次ぐ2位だった。

 中盤でのチャンスメイクでパートナーに点を取らせるのが一番の仕事でありながら、絶妙な上がりと精度の高いフィニッシュによってゴールを量産。80-81シーズンにはリーガで17得点を記録、さらに翌シーズンには18得点というキャリアハイの数字を残してみせた。

 81-82シーズン、バイエルンはチャンピオンズ・カップ決勝へ進出。相手はイングランドの伏兵アストン・ビラということで優位が予想され、実際に試合の大部分の時間帯で攻勢を続けたものの、急遽ゴールマウスに立った相手のサブGKにことごとくシュートを止められた挙句、後半に1点を奪われ、涙を飲むこととなった。

 自身2度目のビッグイヤー獲得を逃したブライトナーは翌83年、怪我続きの状況に「これまでやれていたことができなくなったら辞めようと思っていた」と、引退を決断。「13年間もプロとしてやってきて、もう十分だ」と語り、同年5月に欧州選抜との一戦を最後に、バイエルンのユニホームを脱いだのだった。

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