ピクシーにパク・チソン、フリューゲルスのブラジル代表ボランチetc…Jリーグ「平成の最強助っ人」【後編】

カテゴリ:Jリーグ

サッカーダイジェストWeb編集部

2019年04月30日

ヴェンゲルとの出会いが転機に

Jリーグの歴史に名を刻んだクラブ“最強助っ人”を紹介。今回は名古屋や東京Vなど9クラブのレジェンドを取り上げる。(C)SOCCER DIGEEST

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 平成の世も残りわずかとなり、まもなく令和元年を迎える。平成30年間のスポーツ史のなかでも、平成4(1993)年のJリーグ発足は、とりわけエポックメーキングな出来事だった。

 そのJリーグを彩ってきたのが、異国の地からはるばるやってきた数多くの外国人選手だ。彼らの存在がなければ、Jリーグ、ひいては日本サッカーの隆盛もなかっただろう。

 そこで、過去26年間に在籍した外国籍選手の中から、厳選26クラブの「歴代最強助っ人」を選出した。最終回となる後編は、「オリジナル10」の名古屋、東京V、そして横浜フリューゲルスなど9チームの英雄たちだ。

■名古屋グランパス
ドラガン・ストイコビッチ(MF)
●国籍または代表:元ユーゴスラビア代表
●在籍:93~01年
●通算成績:J1/184試合・57得点(名古屋)

 最初の契約は半年だった。〝ピクシー〞ことストイコビッチにも、Jリーグを終の棲家にする気持ちはなかった。

 転機となったのは、アーセン・ヴェンゲルの監督就任である。95年に再契約を結んだピクシーは、のちに世界的名声を得るフランス人指揮官の下で全盛時の輝きを取り戻す。カードを受けてばかりの荒んだプレーは消え、圧倒的な技術でピッチの支配者となっていくのだ。

 95年は15得点を挙げて最優秀選手のトロフィーを手にし、ベストイレブンには通算で3回選ばれた。

 名古屋の外国人選手として最多のリーグ戦184試合に出場、57のゴールをファンの記憶に刻み、01年に引退。9年後、現役時代には果たせなかったリーグ制覇を監督として成し遂げる。
 

ビスマルク(左)とストイコビッチ(右)はともに高度なテクニックで中盤を支配した。(C)SOCCER DIGEEST

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■東京ヴェルディ
ビスマルク(MF)
●国籍または代表:元ブラジル代表
●在籍:93~96年
●通算成績:J1/283試合・69得点(V川崎:137試合・36得点)

 90年のイタリア・ワールドカップに出場したブラジル代表MFとして、93年途中にヴェルディ川崎(当時)の一員となる。Jリーグ参戦のインパクトはさほど大きくなかったものの、のちのJリーガーの見本となるようなプレーヤーだった。

 基本技術がずば抜けて高く、イージーミスはほとんどない。ボールを押し出すようなインサイドキックを活用し、カズこと三浦知良や武田修宏らのFW陣に多くの決定機を提供した。ゴールセンスを併せ持ったMFでもあり、94年はリーグ戦で14ゴール、95年は11ゴールをマークしている。

 また、93年と94年のナビスコカップでは、2年連続で得点王とMVPに輝く。敬虔なクリスチャンとして知られ、勝利や得点後に眉間をつまみながら片膝をついて祈りを捧げた。
 

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