軍隊式の下宿と祖父への深い愛。ハリルが見出したクロアチア代表SBの原点

カテゴリ:ワールド

ワールドサッカーダイジェスト編集部

2019年01月19日

叔父は「リンゴの木にはリンゴがなるものさ」と語る。

ロシアW杯でヴルサリコは不動の右SBとして決勝進出に貢献した。(C)Getty Images

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「父親のムラデンにしてみれば、息子のシメは“小さな赤ちゃん”みたいなものだ」

 ヴルサリコ親子を知るサッカー関係者は、そんなふうに口を揃える。ザダールで約10年間に渡って活躍したムラデン・ヴルサリコは、闘争心溢れるストッパーだった。クロアチア独立後にはキャプテンを務め、相手のエースを次々と封じ込めたという。シメの叔父スベミールはこう語る。

「ムラデンはピッチに出るや野獣と化し、誰の突破も許さなかった。ピッチの外では蟻も殺さない男なんだけどね。時代が異なるから2人のプレーを比較するのは難しいが、キャラクターに関しては息子も同じ。リンゴの木にはリンゴがなるものさ」

 ザダールは独立戦争の激戦地で、父親はサッカー選手として地元に残りながら、家族はリエカへと疎開した。そこでヴルサリコ家の長男として誕生し、祖父と同じ名前を与えられたのがシメ(現インテル)だ。大のおじいちゃん子だった彼は、7歳でザダールのジュニアチームに入団。コーチを務めていたダミール・チャチッチはこう振り返る。

「根気強さやサッカーセンスの良さは間違いなく父親から受け継いだものだ。トレーニングに取り組む熱心さは小さい頃から感心すべきものだったよ。クロスを上げる感覚も当時から素晴らしかった」

 やがてディナモ・ザグレブの名ユースコーチだったヨゾ・バンディッチの目に止まり、14歳の時に親元を離れたシメは、バンディッチ家に下宿しながら名門ユースで切磋琢磨した。

「家族と離れ離れになるのが一番辛かった。実家では何から何まで面倒を見てもらえたけど、あの下宿先は軍隊みたいなものでね。トレーニングがあってもなくても、朝7時に起きて部屋を掃除するんだ。僕にとってはかなり厳しい環境だったよ」

 シメはそう言って当時を振り返るが、同じような境遇でスターダムに上り詰めた同郷の先輩ルカ・モドリッチが良き模範となった。ディナモでもすぐに頭角を現わし、当時のヴァイッド・ハリルホジッチ監督の下でレギュラーに定着。2010年には18歳にしてA代表に初招集された。

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