「故郷に残れば両親も僕も殺されていた」ロブレンの闘争心は壮絶な移民生活と家族愛が原点だった

カテゴリ:ワールド

ワールドサッカーダイジェスト編集部

2018年12月22日

当時3歳だったデヤンには空襲警報の記憶しかない。

ロブレンはロシアW杯で主力CBとしてクロアチア代表の決勝進出に貢献した。(C)Getty Images

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 2010年1月11日、リヨンに移籍する20歳の息子を見送るためにザグレブ空港を訪れたサーシャ・ロブレンは、涙を隠さずにはいられなかった。
 
「10歳のデヤンを初めてサッカーの練習に連れていった日からの記憶が、走馬灯のように駆け巡っている。楽じゃなかった。でも、すべての努力が報われて嬉しいよ」
 
 あれから9年――。デヤン・ロブレン(リバプール/クロアチア代表)は軽率なプレーへの批判の声をエネルギーへと変え、迸るほどの闘争心で一線級のストッパーへと成長した。その反骨心の源は、父親も触れたがらない壮絶な過去にある。
 
 ロブレンの故郷クラリエバ・スティエスカは、カトリック修道院を中心にクロアチア人が住むボスニア中部の長閑な山村だ。民族主義の台頭によってユーゴスラビア連邦が崩壊すると、3民族が共存するボスニアでは“民族浄化”が始まった。武装化したムスリム人への恐怖からロブレン家は村を捨てたが、残った叔父はその1週間後にナイフで殺害されている。
 
 避難先の都市ゼニツァでも砲撃が激しくなり、ドイツに住む祖父を頼りに一家はボスニアを脱出。当時3歳だったデヤンには空襲警報の記憶しかない。物心つく年頃に成長し、過去に何があったのかを尋ねるたびに、母親シルバは黙り込んで涙を流したという。
 
「着の身着のままドイツに逃れることは、両親にとってとても辛い決断だった。でも、あのままボスニアに残っていたら、父さんと母さんは生きていなかっただろうし、僕も殺されていただろう」
 
 両親は難民申請を繰り返しながら、ミュンヘンで何とか仕事を見つけて糊口を凌ぐ日々。それでもサッカーが大好きな息子への愛情を忘れず、バイエルンの練習見学に連れて行ってはスター選手と一緒に写真を撮ったという。
 
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